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葬儀の現場から

第65話「隠される死」

「死ぬ」という言葉は忌み言葉として、「なくなる」「身まかる」「お目出たくなる」などと言い換えられたりします。恐らく「死」について、言葉にすることすら躊躇わられるというその感情が、このような言い換え表現をいくつも生み出したのでしょう。

「死」にまつわるものに可能な限り関わりたくないと思うのは人情であろうと思います。
いつかは自らの身にもおとずれるとわかってはいても、出来うる限りそれには目を瞑りたい……。だから、「死」を極力目にすることがない世界というのは、ある意味で人の目指した理想の世界であるのかもしれません。

1000年以上も前の話になりますが、平安時代には300年以上の長きに亘って死刑の執行が停止されていた時代があります。これには、死刑のない素晴らしい時代であったという評価もありますが、その動機は博愛的なものであるよりも時の貴族たちによる極度の「死」に対する忌避の感情であったようで、そのような感情が結果的に後の武士の擡頭を許したなどとも言われています。
そして私たちの生きる現代は、再びそのように「死」を忌み嫌う時代であるように思われます。

多くの方が病院で亡くなられ、そしてそこにある、それがそれとは覚られないようにとてもよく配慮された霊安室の存在は、あるいはその象徴であるのかもしれません。
しかし「死」は誰にでも平等に訪れるし、特段変わった出来事でもありません。緑ナンバーをつけた寝台車は街中を忙しなく疾走していますし、葬儀の開催を告げる矢印看板もそこココで目にします。少し目を凝らせば、日常の中でもその断片を見つけることは容易なのです。

納棺の前に行う旅装束へのお着替えは、ご遺族の方々にも手伝って頂く、とても緊迫しまた充実した時間です。白装束、足袋、脚絆、手甲、草鞋と着替えが進行していくその中で、ご遺族様の緊張は徐々に安堵へと変化していきます。それはあるいは人が、(愛する)人の死を受け容れる縮図であるのかもしれません。
「死」と正面から向き合うことは、生を充実させるために欠かせないことであろうと思います。

とはいえ私自身も、当事者になった時にたやすくその「死」を、理屈どおり受容できるとは思いません。そこへの距離感や付き合い方は、日々の意識や行動の中ですこしずつ錬磨するよりほかなく、そのように努めていきたく思いつつ、日々の業務に努めております。

川上葬祭で対応可能な宗教|天台宗、和宗、真言宗、真言宗智山派、真言宗豊山派、その他真言宗各派、浄土宗、西山浄土宗、その他浄土宗各派、浄土真宗本願寺派、真宗大谷派、真宗高田派、真宗興正派、その他真宗各派、時宗、融通念仏宗、臨済宗、その他臨済宗各派、曹洞宗、黄檗宗、日蓮宗、法華宗各派、顯本法華宗、日蓮正宗、本門佛立宗、その他の日蓮宗各派、創価学会、立正佼成会、霊友会、妙道会、神社本庁、神道修成派、出雲大社教、扶桑教、その他の神道系、天理教、世界救世教、黒住教、円応教、金光教、PL教団、生長の家、幸福の科学、キリスト教カトリック、プロテスタント、その他のキリスト系、在日朝鮮、韓国式のご葬儀(儒教式)、曹渓宗