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葬儀の現場から

第66話「お柩の蓋」

ご遺族が、故人さまを最後に拝顔できるのは、式後の「お別れ」のときです。なぜなら、 式場を出棺したのちに到着する火葬炉の前では、時間の関係上、お柩の蓋を開けることが 難しいからです。
亡くなられた方への愛着や名残は、やはり容易に解消されるものではありません。だか らこの「お別れ」の時間は、さまざまな思いの交錯する、濃厚な時間になることが多いの です。
故人さまに話しかける方、直接その身体に触れられる方、またお柩のそばで静かに涙を 流す方など、その振る舞いは様々です。しかし皆がみなその時間の、容易に尽きせぬこと を願っていることに変わりはないはずです。

しかし、愛別離苦などという言葉を出すまでもなく、別れの時は訪れます。そして、そ の時を決し、促すのは式を担当する葬儀社の人間なのです。

式へと参加するようになった当初、私は担わされたその蓋を閉めるという務めを、あま り適切に行うことができませんでした。どうしても、動きが緩慢になってしまうのです。 先輩からは、もっと機敏な動作を要求されました。しかし自分としては、その機敏な動き が悲しみに暮れるご遺族を急かしてしまうように思われ、どうしても躊躇してしまうので した。

お柩の蓋を閉めるということは、ご遺族と故人さまの、今生での生身のつながりを完全 に断絶してしまうということです。一見すると容易に見えるその行為の責任は重く、誰で もが、たやすく担えるものではありません。それは、本来であれば、聖職者たる宗教家が 担うべき行為であるのかもしれません。当然、悲しみの最中にあるご遺族の方々ができる わけもなく、今日の葬儀では、多くの場合、葬儀社の人間がそれを担っています。

「お柩の蓋を閉めるというのは、葬儀社としての業みたいなものだ」
蓋を持ち緩慢に動く理由を話した時、ある先輩からそのように諭されました。責任は重く、 決して愉快でもないが、必ず、誰かがやらなければならない蓋を閉めるというその行為。 それは葬儀社に勤める人間の使命でありまた業である、そのような内容の話でした。

悲嘆に暮れるご遺族の思いに共鳴しつつも、さまざまな制約をわきまえ、果断に行動を 積み重ねていかねばならない。
お柩の蓋を持ち、動くという、ごく些細なことではありますが、葬儀社の人間として のあるべき姿勢について思う出来事でありました。

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