葬儀

永久に受け継がれるもの・・・儒教式に垣間見た葬儀の意義

以前から当社で葬儀のご相談をされていた方より、ご依頼の連絡が入りました。

 

その方は大阪北部にお住まいで、本来であれば地元で葬儀社を選ばれるところでした。

ご相談者様は「韓国式の葬儀で、お父様を送ってあげたい」というお気持ちがあり、

地元の葬儀社など数社に問い合わせされたそうです。

しかし「対応ができない」という返答ばかりで、最後の頼みの綱でという思いで当社へ連絡をくださりました。

息子さんは日本で生まれ、日本の教育を受けてきたので韓国の風習やしきたりがまったく知りません。なおかつ葬儀の時は韓国から親戚も来日する予定。韓国の親戚に葬儀の仕方が間違っていると言われたらどうしようと、お父様の様態が悪くなる中で不安な日々を過ごしておられました。そのような中で当社へ藁をもすがる気持ちで事前相談に来られたのです。

お父様は戦後、韓国から日本に来られ一所懸命に仕事をして努力し成功された方でした。家庭では特に教育や躾に厳しく常に「目上を敬い、自分に厳しく謙虚であること」と、

おっしゃっておられたそうです。息子さんも謙虚な方でお父様と同じく立派なお仕事に就いて成功しておられました。

普段の生活では、あまり韓国らしいことは無かったそうで日本に住んでいる以上、日本の風習やしきたりを守るというのがお父様の考えだったそうです。

ただ、時折、祖国への思いを垣間見る事があったそうで、その姿を見ていた息子さんが父の葬儀の時は韓国式でハングルのお経でお父さんを送ってあげたいと心に決めていたそうです。

 

ご逝去の連絡からしばらくして、ご自宅へ伺い、息子さんに韓国式の手順や風習を改めて説明させていただき葬儀の日程などが決まってゆきました。お通夜当日、韓国から親戚さんがぞくぞくと式場へお見えになられ、ニュースで日本と韓国がいがみ合っているのをご存じなので、日本に来たらいろいろとトラブルがあるのではないかと心配していたそうですが、意外と来てみたら何もなく、皆さん親切で安心したとおっしゃりながら、息子さんと懐かしそうに握手を交わし挨拶をされていました。

そのあと、静かに祭壇前に佇み、微笑む故人様の遺影を見上げて感慨深い表情で目元をハンカチで押さえておられました。

式場のお柩の横には韓国式のお供え「果物・ナムル・卵焼き・お肉・魚・お餅」などを並べ、韓国仏教のお寺様を式場へお招きして読経をしていただき無事に通夜と葬儀を執り行うことができました。

 

葬儀終了後、本来は故人様の遺骨を自宅へ連れて帰らずに納骨堂やお寺に預けるのですが、今回は息子さんのご希望で49日まで自宅に祭壇を置いてお祀りすることになり、設営の為に自宅へお伺いすると韓国の親戚さんもご一緒でした。韓国語を話せない息子さんは英語でお話しをされていました。親戚さんは「こんなに立派なお葬式をしてくれて兄も喜んでいる。日本で韓国式のお葬式をしてもらえたことにびっくりしている」と、嬉しそうに話しておられました。息子さんも「体が悪くて大変なのに日本まで来てくれて、父も喜んでいます。本当にありがとうございます」と手を握り合い話していました。そして、私にも親戚さんより感謝の言葉をいただきました。

帰り際に息子さんが私の近くまで駆け寄ってくださり「ありがとうございました」と、

深々と一礼してくださりました。その丁寧な対応に私は恐縮しながらその場を失礼させていただきました。

 

今回のご葬儀で私が一番記憶に残ったのが、誰にでも敬意を払い、意見を尊重しながら話を進めていく喪主様の姿がとても印象的で、そこには「リスペクト」があり、その根源は故人様が積み重ねてこられた人徳や日々の教育の賜だと強く感じました。

故人様は「かたち」としてはこの世に存在しなくなりましたが、思いや教えは永久に受け継がれていくのだとあらためて実感することができました。

葬儀という人生の締めくくりに立ち合わせていただく仕事に就いて、日々、このように学ぶ機会を授けてくださる故人様に私は今日も感謝の気持ちでいっぱいです。