春嵐の門出
先日、大学時代の友達の結婚式・披露宴に出席しまして
なぜかとてつもなく感動してしまい、場面場面でボロボロ泣いてしまったのです。
「いや、親族か」と隣席の友人からツッコまれるほど。翌朝起床すると目が腫れてるほど(全体のお開きは14時頃でした)(真昼間)。
中座の立会人をサプライズ指名、新郎新婦のこれまでの歩みをダイジェストした映像、新婦(友達)から家族への感謝の手紙、などなど……
定番も定番、鉄板も鉄板のはずが、いざ立ち会ってみるとあんなに心動かされるものだったとは思いもしませんでした。
「式」をする意義。宗教的意味合いの有無。門出。繋がる縁。おもてなし。演出。費用。沢山の人。コロナ禍の中で行う勇気は相当だったはず。
「式」は人間が作るんだなあと、人の力のすごさを思い出しました。
誰かの節目に立ち会えたことが、こんなにも嬉しいと思える日が来るとは。
この日は生憎の雨天でしたが、それを打ち払うほど晴れやかな笑顔だった二人。春の嵐も、これはこれでいい引き立て役というもの。
とても素敵な時間をくれた友達に感謝です。