もしもし、川上かぁ。○町会の○○や」 あ!!お久しぶりです。
どうされました?
「ワシがよく行く寿司屋の大将の奥さんが亡くなったんや。とりあえず番号を言うから連絡してくれ」
この1本の電話から、ご縁が始まりました。
私は準備を整え、入院しておられた病院へと寝台車で向かいました。
病室に到着すると亡くなられた奥様の横顔を静かに見つめている1人の男性がおられました。
私は男性の傍らまで行き挨拶を済ませ、奥様を自宅までお連れする旨を説明させていただきました。
男性は静かに頷き「よろしくお願いします」と、ひと言残し病室の外へと歩いて行かれました。
私は奥様を寝台車にお乗せし、先ほどの男性と一緒にご自宅へ車を走らせます。
ご自宅に到着すると、そこは昔ながらの民家を改造したお寿司屋さんで中に入ると厨房がありその横にカウンター席があるごく普通のお店。
丸椅子の隙間を抜けるとその奥に6畳一間の居間がありました。
男性は「悪いなぁ。おかぁちゃんの看病に手いっぱいで部屋がゴチャゴチャやねん」と言いながら居間を片付け始めました。
私も片付けを手伝い、押入れから敷布団を取り出し居間に敷きました。
男性が「歳を取ったらあかんなぁ・・重たい布団はよう出さんわ」と笑顔で話しかけて下さいました。
奥様を布団にお寝かせし、身体の保全処置と枕飾りを置き供養の準備をして男性に声をかけ、男性は線香に火を灯し香炉へ立てました。
線香の青白い煙が波を打つように天井へと昇ってゆきます。
男性は奥様の顔を見つめ、静かに合掌されました。
数日間、病院に泊まり込んでいたせいか、男性も疲れている様子でしたので打合せは翌日にとご提案させて頂き、ご自宅を後にしました。
翌朝、ご自宅へ伺うと息子さんも来ておられ、私含め三人で打合せをすることになりました。
男性は私が帰った後、少し寝たそうで昨晩の疲れた表情は薄らいでいました。
葬儀について打合せを行いながらお話を聞いていくと、男性は奥様と20年間この場所で商売をされてこられたようで、可能であればご自宅からお身内だけで奥様を送り出したいということでした。
そして奥様の好きなユリの花を祭壇に飾りたいということです。
私は出来る限り、男性のご要望に沿える形でご葬儀の提案をさせていただきました。
その日、お通夜開始15分前にお寺様が到着され、祭壇前の座布団に「ドッコイショ」と座り、男性に「ワシは足が悪いもんであぐらをかかせてもらいますなぁ」と、話しかけておられました。
お寺様と男性は飲み友達でお互いにこやかな表情で世間話が始まりました。
すると、先ほどまでピンと張りつめていたお家の空気が静かに和らいでゆくのを感じることができました。
お寺様と男性のにこやかな表情が伝染し、自然とご親族もにこやかになったのです。
予定時間になり、通夜のお経が始まりご遺・親族の焼香へと進んでいきます。
お家の外には予想以上に、ご近所の方々やご友人が弔問にこられました。
弔問の方々をお家の中へご案内すると、男性は涙を流しながら「おおきに」と頭を下げておられました。
翌日のご葬儀にもご近所の方々やご友人が来てくださり、男性は嬉しそうに皆様と談笑しておられました。
葬儀開式の時間になり「カーン・カーン」と鈴の音が響き渡り、深みのある声で一定のリズムを刻みながら、お経を唱え始めました。
ご遺族・親族そして会葬者の焼香が終わり、お家の中にはお経の音色だけが響きます。
しばらくしてお経が終わり、お寺様がご遺族に一礼し控室へ戻られました。
その後、皆さまで故人様との最後のお別れをしていただき、私は出棺の準備をいたしました。
男性が私の耳元で「ワシも柩を担いでやりたいんやけどエエかな?」と小声で囁かられ、
私は「どうぞ、きっと奥様も喜ばれると思います」と伝えました。
男性はニコニコしながら柩の方へ歩いていかれ「おかぁちゃん重いなぁ」と笑いながら
柩を持ちあげられ、重さで足元をふら付かせながら玄関の方へ歩いていきます。
お家から奥様の柩が出る瞬間に男性が奥様に向かって何か言葉を掛けているように見えました。
しかし残念ながら私には聞き取ることができませんでした。
何を話したか?
それは男性と奥様だけの秘密だそうです。