故人様は60代前半、喪主を務められた奥様も50代後半と葬儀をされるには
まだ早すぎるご夫婦でした。
故人様は生前スポーツがご趣味で、休みの日には登山やサイクリングにでかけるなど、活動的な方だったそうです。
ですから喪主様も、ご主人が怪我をすることはあってもまさか病気になるなど夢にも思っていなかったとおっしゃっていました。
そんなご主人が約1年半の闘病生活を終え、お亡くなりになられた時の喪主様の希望は、家族だけでそっと見送ってあげたいとの事でした。
ただ、故人様は交友関係が広く、その事を考えると家族葬は無理だという結論に達し、それならせめて拝顔はご遠慮願いたいとの事でした。
1年半闘病生活を送った故人様の手足や首筋には、いくつもの点滴の痕が痣の様になっていて、床ずれもひどく、痩せた顔は遺影とは別人の様に老けてしまっていました。
そんなご主人の姿を誰にも見せたくない、元気な頃のご主人の姿を覚えていて欲しい、というのが喪主様とご家族の希望でした。
といいますのも、故人様は生前、今の姿を見られたくないと、病院へのお見舞いも全てお断りしていたそうです。
故人様のその遺志を汲み取っての希望でした。
それでも、会葬に来られた方の中には、故人様と最後のお別れをしたいという方が、何名もいらっしゃいました。
私達が喪主様の希望で拝顔はご遠慮頂いていますとお伝えしても、喪主様の所へ直接お別れをさせて欲しいと頼みに行く方もいらっしゃいました。
会葬に来られた方のお気持ちが分からない訳ではありません。
ただ、故人様に40年近く寄り添い病気と闘ってきたのは喪主様である奥様です。
その奥様がご主人の遺志を尊重され、拝顔はご遠慮下さいとおっしゃるのであれば、その遺志を汲み取っていただき参列する側は遠慮するべきではないかと、このとき私は思ってしまいました。
ご当家の希望どおり故人様とのお別れは、ご家族のみで行う事ができたのですが、ご参列の方の中には、納得できず喪主様に文句を言う方も数名おられました。
葬儀の際、ご拝顔する事を当然の様に思われている方も多いかもしれません。
しかし、誰にでも他人には見せられない姿がある様に、最期の姿を見られたくないと思う方もいらっしゃいます。
ご遺体にも尊厳があります。
ただ葬儀社の一員として考えなければならないのは、「葬儀に参列されるすべての方」のことです。
参列される方のなかにはご家族も知らないほどの故人様と交流の深い方もいらっしゃったかもしれません。
その方々にしてみたら、生前最期には会うことが出来なかったわけです。
せめてお別れの時は、と思われていらっしゃったら・・・。
このような事態を想定し、私達は一般葬にするからには拝顔を希望される方は多数いらっしゃるという事を事前にもっと強くお伝えするべきであったと痛感しました。
そのうえで、例えばメイクでご遺体の痣をカバーしたり、お口に綿を詰めてお顔をふっくらさせるなど、自然に生前のお顔にちかづける技術もあるという事、入口付近に拝顔は故人様の生前の意志でご遠慮頂く旨を伝える看板を立てておく、又は喪主様挨拶の際にお別れは親族のみで行いたいという事をご参列の方に伝えて頂く様にする、もしくは司会者が閉式の際、故人様の遺志をアナウンスで流すなど、この様な事態を想定し、ご提案できる事はたくさんあったと後から思いました。
葬儀社の一員として、どのようにすれば故人様の尊厳を守り、ご家族が故人様と静かな空間でお別れをすることができるのか、また参列者に対してもしっかりとした配慮を行う事こそが「故人様の尊厳を守る」ことではなかったかと、たくさんのことを考えさせられるご葬儀でした。