一般的に多くの方は病院やご自宅でご家族に見守られながら、お亡くなりになります。
ただ、なかには、ご自宅で急死されたり、お亡くなりになられてから何日も、場合によっては数か月も誰にも発見されなかったり、という場合もあります。
そのような場合、死因を特定するために警察に搬送され、検死が行われます。死因が特定できない場合は解剖が行われます。
その後、私たち葬儀社は警察でご遺族と待ち合わせ、故人様を安置場所へと搬送させていただきます。
検死や解剖後のご遺体は全裸の状態です。その事はご遺族にもあらかじめお伝えしているので、下着と洋服をお預かりして、お着替えをしてから、ご遺族を霊安室にご案内します。
ただ、ご遺体の状態は様々です。長く発見されなかった場合や、事故でご遺体の損傷が激しいという場合もあります。
そのような状況のとき、ご遺族にはご遺体の状態を説明したうえで、そのままの面会は難しい旨を、お伝えします。
私がこのような場面に携わる事は少ないのですが、例えば故人様がお若い女性の方である場合などは、できる限りの配慮として同性である私がお迎えに伺うこともあります。
この話は、故人様がまだ50代のお母様、対応されたのは20代のお嬢様であったときのことです。
お嬢様は、ご結婚されてからはお母様とは離れて暮らしていた為、お母様がお亡くなりなったことがわかったときは、すでに数日が経っておりました。
警察でご遺体を拝見した時、数日が経過していることと、時期も重なって、状態としては、勿論私が決めるべきことではないのでしょうが、ご拝顔は避けられた方が良いのではないかというのが、私の結論でした。
お母様の状態をご説明しましたが、お嬢様はどういう状態であってもどうしても会いたいとおっしゃられ、一緒におられたお嬢様のご主人も気の済むようにさせてあげてくださいとおっしゃられたので、ご拝顔していただくことになりました。
変わり果てたお母様の姿を黙って暫く見つめた後、
「最後にお化粧をしてあげてもいいですか?」と尋ねられました。
そして、そのお化粧もお嬢様ご自身の手でしてあげたいとのご希望でした。
ご遺体の状況からすると、専門の納棺師にメイクなどを依頼する方法もございますが、今回はお嬢様の強いご希望でしたので、注意点をお話ししたうえで、私もお手添えさせていただくことで了承をいただきました。
一時間以上かけ、お嬢様は黙々とお化粧を続けました。
初めは思うようにお顔の変色をかくしきれず戸惑われていましたが、お気に入りの服を上からかけ、スカーフで首元を飾ったお母様は安置所のときとは全く変わられて、お嬢様の記憶にあるいつものお母様になっておられました。
お嬢様の暖かい手でお母様の旅立ちの準備は整い、お嬢様にも安堵の表情がうかがえました。
お嬢様には、何日も気付いてあげられなかったという自責の念も強かったのだと思います。
ですから、この最後のお化粧だけは絶対に譲れなかったのでしょう。
昔は誰かが亡くなったら近所の方が集まり、死に装束を縫い、棺を作り、炊き出しをしていたと聞きます。
葬儀は地域ぐるみでしていたものが、だんだんと家族葬が増え、口出しする葬儀に詳しい方が少なくなった分、ご遺族は葬儀社の提案通り、すべてを葬儀社任せにしてしまっているように感じることもあります。
このお嬢様のように、自分の手で故人様に何かして差し上げたい、またはしてあげなければならないのではないか?と思われている方もたくさんいらっしゃると思うのです。
ただそれを、何をどうしてあげたらよいのかを上手く表現できないだけかもしれません。
もし、警察で拝顔をお断りし、そのまま荼毘に伏されていたとしたら、お嬢様はきっと後悔されていたことでしょう。むしろ私たちがそうさせてしまっていたのかもしれません。
ですから「あんな状態でお母さんを見送る事にならなくてよかった」と、
お嬢様がおっしゃられた時、葬送の意義を感じた気がしました。
お嬢様の行動は、我々葬儀社や世間一般的な概念ではなく、故人様を送るのはご家族、ご遺族であって葬儀社ではないという当たり前のことを改めて感じさせてくれたのと同時に、これからの様々な葬送のカタチの可能性をも感じさせてもくれたご葬儀であったと思います。