今年も
残すところ一週間となってまいりました。
本当に速いです。
今年は平成最後の年末年始。
今年も本当にいろんなことがありました。
沢山の方とのご縁を頂きました。
本当にお世話になりありがとうございました。
今年弊社は140周年を機にロゴマークなどを一心しました。
今まで以上にお客様の為にいい葬儀を提供できるよう
精進して参りますので
これからもよろしくお願いします。
仏教では人には百八つの煩悩があると考えられており、その煩悩を祓うために除夜の鐘の回数は108回とされています。
…とここまではほとんどの方がご存知かと思います。
では、なぜ大晦日に鐘をつくのかご存知でしょうか?
本来は日頃から仏教の修行を積むことで煩悩を取り除き、悟りを開くことができるのですが除夜の鐘には厳しい修行を積んでいない我々にも心の乱れや汚れを祓う力があるとされています。
また、除夜の『除』とは古いものを捨て新しいものに移るという意味があり、除夜とは除日(一年の一番最後の日)の夜のことをいい、大晦日を差します。
その為、普通の日ではなく除夜(大晦日)に鐘を打つのだそうです。
ありがたい話ですね。
今年は家族全員で今年一年の汚れを落としに行きたいと思います。
本日は、お骨上げの際にご用意している骨壷について少しお話ししたいと思います。
自分の家のお葬儀の時に、なんで二つも骨壷を用意しているんだろうと不思議に思っておりました。そして、葬儀業界に入り勉強してみた所、本骨と胴骨で分けるのは関西地方の風習のようで、地域により「喉仏のみ」「喉仏と頭の骨の一部」「喉仏と手足の指の関節」を本骨として扱い、それ以外を胴骨として別容器に納めているようです。本骨は、本山に胴骨は、墓地に納めるのが一般的なようです。
普段不思議に思っていても、何でだろう?と思うだけで調べたりしない事が多くあるんだなと思いこれからは調べていく癖をつけていきたいと思います。皆さまも、不思議に思うことを調べていくと色々な知識が増えて人にも教えていけるのではないでしょうか。
本日の大阪は日差しがあると暖かいです。
朝の番組で大掃除するには最適と言われていました。
窓ガラスをふいたりする時、寒い中されるよりはこのような暖かい日が作業も進みやすそうです。
はやいものでもう12月も後半にさしかかりましたが、年賀はがきの準備もお済みの方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。
先日友人が、子供が生まれたからその写真を年賀状に・・・と準備をしていたそうですが、喪中になったため、年賀状は送らないようになったと言っていました。
もしハガキを送った後に喪中になった場合どうすればよいか、お正月の過ごし方はどうすればよいかなど疑問に思われることもあると思います。
気になることがございましたら、いつでもお尋ねください。
12月に入り、グンと寒くなる日やまだ少しは穏やかな日があったりと、風邪をひきやすい季節になりました。空気も乾燥し、いよいよインフルエンザの声が聞こえたりしてきます。
年賀状の投函受付も本日から始まるようです。
年賀状を書かれる方も年々減っていて、特に若い方などはメールやラインで新年のあいさつを済ませるのが一般的になっているようですが、新年の朝、家のポストに入れられた年賀状を読むのはその年一番初めの楽しみではないかと思います。
弊社でも年賀状の準備が着々と進み、年末の行事のひとつとして、年の瀬を感じております。
新年の準備で何かと気忙しくなる事だと思いますが、どうぞお体にはお気を付けくださいませ。
少し前の休日に実家のある高槻に帰りました。
大阪北部地震から半年が過ぎようとしていますが、まだまだブルーシートがかかった屋根が目立ちました。
調べてみると、住宅被害は計5万8322棟。7月の西日本豪雨の5万2033棟、9月の台風21号の5万869棟、北海道地震の1万368棟、台風24号の5744棟を上回り、今年の災害で最多。
さらには一部損壊というのが厄介なようで
被災者生活再建支援法は全壊や大規模半壊のみが対象。各市町村で保護はしているようですがなかなか追いつかないのが現状だと。
災害はわからないし、仕方ない。
そう考えてはいませんか?ある程度はそうだと思います。
けれどそれを最低限に抑えることはできると思います。
備えあれば憂いなし。
お葬式のこともそう思います。
何か少し、ほんの些細なことでも気になれば聞いてみてください。
お待ちしております。
早いもので今年も残り13日となりました。
私事ではありますが、祖父が入院して一年少し経ちました。
この1年、少しづつ小さくなる祖父をみて、人はこんな感じで人生を終わらせていくのか、と思う事があります。
いつか通夜後の法話でお寺様が、故人様は最後に自身の身を持って、命の尊さを残された者に教えてくれる、とお話をされていました。
出来るだけ、祖父と一緒に過ごそうと思いました。
最後のイゾラドという番組が、NHKスペシャルでやっておりました。アマゾン奥地に住んでいた文明社会と未接触民族
のある部族の最後の一人と思われる人の30年間の記録。
以前、ヤノマミ族の特集などを見ていた私は、今回も興味深く見させていただいた次第です。
とにかく言語がお互いに理解できない、理解できる言語が800語程度ということで、コミュニケーションがとれない
状態です。文明社会の異国人同士であれば、共通認識や共通概念がたくさんあるので、言葉が通じなくても身振り手振りで
理解が深まるのですが、そもそも認識も概念もまったく違うとなると、同じ言語でさえももしかしたら違う意味で使われているかもしれないという
可能性もあるわけです。
そんな部族の最後のひとりが、年齢的にもかなり高齢になり、もしかするとここ数年で途絶えるであろうという状況だそうです。
確かに歴史的に見て興味深いのではありますが、なにしろ1万年前の生活と同じことをこの現代でやっていたということですから、
驚くというよりも、世界は狭くなったとはいえ、未知なる世界はまだまだあるということに若干ショックを受けてしまいます。
数年前までは、もう一人兄弟のような存在がいましたが、先だってしまい、本当に会話のできる相手を失ってしまったのです。
番組中、「死」ということに関して、いろいろとでてきたのですが、彼らにとっての「死」の概念もまた、私たちとは全く違っていると
推察されました。
この番組見ておりますと、昨年ベストセラーになりました、サピエンス全史のことを思い出さずにいられないわけで。
人類は多くの部族に分かれていたものが、ゆっくりと少しずつ、統一への道のり進んでいく…。それが、思想や宗教、そして貨幣の力によって…。
この最後のイゾラドの件も、考えてみれば、現代の文明社会にいる私たちから見れば、一つの部族が絶滅するということですが、過去の歴史から見れば
こういうことが繰り返しどこかの時点で起こり、そして今の文明社会があるわけです。
こういうことを考えたとき、個々の死生観、各民族の死に対する考え方というのも、実は文明に左右されている点も少なからず影響を受けていると
思うのです。
それは宗教という点から、そして地域性、気候や風土といったものもそうでしょうし、その国が刻んできた歴史の出来事もそうでしょう。
それが、葬儀のあり方や風習に表れているのだと思うのです。
逆に言い換えれば、私は、葬儀や弔い方ほど自由であって良い儀式ではないか、と思うのです。
番組中、おそらく部族の仲間たちが、どのようなことでかは、はっきりしませんでしたが、亡くなっていく様を話しているだろうという
ところがありました。
そのときの彼の表情は、厳しくも悲しげな表情に見えました。
文明社会にいなかった彼が、死に対してみせる感情が、悲しい、つらいという思いであるとするならば、これこそ文明、非文明どちらも関係なく
共通概念であるかもしれない、そう感じ、太古の昔から死者に花を手向けていたという記述も、納得いくのです。
寒い!!
外に出ると思わず言ってしまいます。
先日も、家の中は暖房で身体があったまっていたので、なんとなく薄手の上着で
外に出てしまい、大失敗。そして、「寒い!!」となるわけです。
さて、先週母から電話があり、今日叔父が訪ねてきたとのこと。
何かあったのかと、よくよく話を聞いてみると、
15年程前に亡くなった祖父名義のものが残っていて
名義変更の手続きをしなくてはならないので、
姉弟全員の印鑑や書類が必要だったのだそうです。
祖父名義のものが残っていたとは、皆知らなかったようで、
最近、何かのきっかけで知って驚いたのだそう。
今回の場合は、書類さえ調えば、手続きは早く済むらしいので良かったのですが、
手続きや書類を集めることがなかなか難しい方々もいらっしゃると思います。
そして、過去に手続きせずにおいていて、そのことも忘れてしまっていることありませんか。
知らないと損をしているかもしれません。
後になってからだと面倒なことがあるかもしれません。
大掃除で何か出てくるかもしれませんね。
今年は、まだ2週間以上あります。
年内に済ませておけることがあるなら、済ませてしまいましょう。
私も、亡くなった父の名義のものがまだ残っているか考えてしまいました。
まだ、知らないことがあるかもしれないですね。
テレビ番組で「吉備真備・きびのまび」を紹介されていました。
歴史が好きな方はご存じかもしれませんが、奈良時代の高名な学者で天皇に仕えていた人物です。
出身が岡山県倉敷市真備町で、西日本豪雨で甚大な被害を受けた地域でもあります。
遣唐使として唐の国から当時最新の技術や統治法を日本に伝え、戒律の僧として高名だった鑑真を日本へ連れてきたのも吉備真備です。
出世欲が無くコツコツと真面目に仕事をする人物でしたが、それが逆に不信がられ周りの策略で生涯に何度も左遷になり辺境の地へ送られるのです。
しかし、左遷先での困難な問題に真摯に向き合いそれが評価され最終的に右大臣にまで上りつめるのです。
番組を見ながら、奈良時代も平成の世も同じで、どんなことでも悲観せずに真摯に向き合う姿勢が一番大事なのだと吉備真備に教えられたような気がします。
今年もあと半月となりました。急に冷え込みだし、寒い日が続いています。
私どもでは大切な方を送られるお手伝いを
させていただくにあたり、少しでもご遺族の負担を軽減できるように半歩先の気づかいを心がけております。
いづれはおとづれるるその時に、ご遺族が故人様との別れをゆっくりと過ごせることができるようにさせていただく。
これが私どもにできるサービスだとおもっています。
これからも精進してまいります。
本日は私自身の宗旨である天台宗が、どのようなことを教える宗派なのか少しお話しさせて頂こうと思います。
天台宗では、私たちの苦しむ原因として、3種類の煩悩を教えています。
これを「(さんわく)」といいます。「惑とは煩悩のことです。この煩悩を断ち、さとりを開くことを「断惑証理(だんわくしょうり)」といいます。
では3つの煩悩とは何かというと、
三惑の1つ目が「見思(けんじ)」で、普通の108の煩悩にあたるものです。2つ目が、「塵沙(じんじゃ)」で、世の中の知識がないために、相手と話が合わせられず、導くことができないことです。3つ目が、「無明(むみょう)」です。無明とは中道の真理に無知なことで、ここでは煩悩のことです。
この3つの煩悩を断つことによって、
煩悩即菩薩、生死即涅槃の真実のさとりを開くことができると言われています。
家の宗旨が天台宗ですが、天台宗について知らなかった事が多くありました。皆さまも、家の宗旨について調べたりしてみるのも良いのではないでしょうか。
寒さが増してきて本当に冬が来たなという感じになってまいりました。
暖房器具が無い時代の人は、この寒さをどうしのいでこられたのかと思うと尊敬しかありません。
また、師走というだけあって、本当に1日が早く過ぎて行って12月入ってもう2週間になります。
1日1日大事にしていこうと思います。
そんな早く過ぎていく12月の年末前にはお墓参りに行かれる方も多いのではないでしょうか。
我が家もみんなが年末に帰った時は、揃ってお墓参りに行っていたのですが、最近はなかなか行くこともできなくなりました。
供養の形は各家庭それぞれで、またその年で変わっていくことがあると思います。
家族やお寺様と相談されながら供養の形を作られたらと思います。
お通夜やお葬式ではお寺の導師様がお経をあげますが、そのお経の意味をご存知でしょうか?
そもそもお経とはお釈迦様が生きている人のために生きている時に本当の幸せになれる道を教えていることから、亡くなった人のためではなく今生きている人の為のものとのことです。
その為、お経を聞くときは生きている自分自身の為と心得て聞くのが良いと思います。
また、実際のお葬式の際には導師様と一緒にお礼の気持ちを込めて『南無阿弥陀仏』と自分でも唱えてしめくくると良いと思います。
今後のお経が少し違って聞こえるかもしれませんね…
先日の土曜日から一日の最高温度がとうとう一桁となり、一段と寒さが増してきました。
私達は毎朝、本社はもちろん、各店舗に到着すると、まず外の掃除を行います。
店舗の前から最寄の駅まで。
どんぐりの木がある店舗では、この秋すごい数のどんぐりが落ちていました。
それと同時に落ち葉が増え、今はもうどんぐりが終わり、落ち葉だけとなってしまいました。
季節に関係なく最も多いのがタバコの吸い殻です。
最近では子供のお菓子のゴミを見る事が少なく、タバコの吸い殻とペチャンコになったその空き箱が目立ちます。
ひとりひとりの心掛けで変わるものでしょうが、永遠のテーマのような気がします。
先日ニュースを見ているとこんな記事がありました。
キャッスレス化、今流行の『PayPay』です。そのキャッシュレス化の波が神社仏閣にも押し寄せている。というもの。
京都のお寺が『PayPay』に対応し、電子決済による投げ銭を受け付けるようになったようで、京都福知山にある臨済宗海眼寺。住職によるとさっそくお参りに利用した人がいたそうです。
時代とともに変わらないといけない。
よく聞きますが、何から何まで取り入れてしまう、流れに合わせてしまう。少し危険な気はしてしまいます。
お葬式もそうです。流れ、需要にはできるだけお答えします。
それでも守るべきものもあるはずです。
いつでもご相談ください。
今年は暖冬と聞いていましたが、
やはり冬は寒いです
週末からまた冷え込むそうです。
寒くなる前に大掃除を・・・
と思っていましたが、
今年もそのまま年を越しそうです。
長い間着ていない服や靴
とっていても使わないのは分かっているけど
捨てられずにいるものが
どんどんたまっていきます
あと22日
何とか片付けようと思います
角界がまた揺れています。今年は、スポーツ界の話題がこの年末まで絶えませんでしたね。
漫才の審査員のことがネットでは集中しています。
変な批判をするつもりもないですが、そこまでネットやテレビなどで盛り上がらせるほどとも思えないのですが。
芸人にとっては、とかいいますが、いわゆる一般人には関係ないことで。
敗者復活戦みたいに、一般人投票にしたらよいですのに。
そんな話はおいておき、角界のこと、暴言をはいた芸人、そしてあおり運転の裁判、みな自分の衝動を抑えられなかったということ。
つまり自分の主張を、その場では絶対的に正しいと判断したということです。
葬儀の仕事でも同じです。ご葬儀こそ、正解がありそうでない世界ではないかと思います。
そこがご葬儀をお手伝いさせていただくうえで、難しくもあり、やりがいが感じられるところではないでしょうか。
そこを勘違いすると、アドバイザーではなくなって、立場がおかしいことになります。
葬儀をお手伝いする仕事とは、何なのかをこの年末、じっくり考えていきたいと思います。
今年も残り一か月ですね。
少しずつ街がせわしなくなってきたように感じます。
昨日、偶然通りかかったお寺の前に、
「子供を叱るな
皆通ってきた道だ
老人を嫌うな
皆通る道だ」
と言った張り紙がしていました。
お寺様のセンスを感じるお言葉でした。
昨日から12月らしくない暖かさですが、急に寒くなるそうです。
体調には十分に気を付けないといけないですね。
さて、先日母と食事に行く約束をしようと電話すると、
「3日前に○○の伯父さんが亡くなって、お葬式に行って来たの」と言うのです。
「えぇーっ!いつ??」と
さっき ”3日前” と聞いているのに思わず聞き返してしまいました。
入院していることは知っていましたが、退院の予定も決まっていると聞いていました。
○○の伯父さんとは、亡くなった父の義兄で、父のお葬式の時に会ったのが
最後となってしまいました。
どうして知らせを受けた時に連絡くれなかったのかと思いましたが、
少人数でのお葬式で、場所も遠かったからとのこと。
母から、お葬式の様子を聞きましたが、とてもいいお葬式だったそうです。
本当に突然にやってくる一大事。
なにもかも不安だらけのお葬式。
私たちは皆様が後悔のないように
「いいお葬式だった」と感じていただきたいと思っています。
どんなことでもいつでもご相談くださいませ。