それはあまりにも突然すぎる別れでした。
いつも通り、「いってきます」と家を出たお父様。
でもその日、娘様はいつものように声をかけることができなかったそうです。
そしてまさか「私が聞く父の最期の言葉になるなんて・・・」と。
少し横暴なところもありますが、お母様のことが大好きだったお父様。
両親は共働き。お母様は朝早く家を出るので、お父様を見送るのは娘様の役目でした。
その日は、些細なことから口喧嘩をしてしまい、
いつものように「いってらっしゃい」と声をかけられなかったそうです。
洋服が大好きで、自分で洋服店も営んでいたほどのおしゃれなお父様。
よく仕入れに連れて行ってくれました。また、一緒に行こうと約束していたのに・・・
その日、お父様は自らその尊き命に終わりを告げました。
「なぜ?どうして?」と混乱する中、遺された家族はただその事実を受け止めるしかありません。
娘様はその日、家を出るお父様に声をかけられなかったことをひどく後悔されておられました。
そのようなお話を伺っていましたので、ご家族の心情はとても乱れていたかと思います。
しかし、式場でお会いした様子はとても穏やかで、時折笑顔も覗かせておられたので、私は内心ほっとしました。
お身内だけのお葬式。
それでもお母様と娘様は、参列されたご親戚や一般の方お一人おひとりに丁寧にご挨拶されておられました。
無事お通夜の読経も終わり、皆様を控室へ案内しました。
しかし、奥様と娘様の姿が見えません。式場からかすかに声が漏れておりました。
かなり気を張っておられたのでしょう。
家族三人きり・・・緊張の糸が切れたように、お父様のそばで泣き崩れるお二人の姿がありました。
そんなお通夜から一晩が明け、ついに最後のお別れのときがやってきました。
大切な方々の手で、大好きな洋服とお花に包まれていくお父様。
奥様と娘様も涙ぐみながら、「ごめんね、ありがとう」と声をかけられておられました。
家族三人が揃うのも、これが最後。無常にも、お別れの時は刻一刻と迫ってまいります。
ご出棺の時を告げる司会者の案内。
少しずつ、お顔が見えなくなっていくその時、
「いってらっしゃい!」
と、娘様の声が式場に響き渡りました。
そう、あの日言えなかった、あの一言。
きっと、お父様の耳に届いていたことでしょう。
私は、このご葬儀の後しばらくの間、娘様のお声が頭から離れませんでした。
自分も父親と口喧嘩をしてしまったりすることもあります。
自分と娘様を重ね合わせて考えてしまったとき、娘様のお気持ちがどれほどお辛いことであろうか、想像もつきません。
よく日常的に「死」に関わる私たち葬儀社のスタッフは、「死」に対してどこか慣れのようなものを持ってしまっているように感じられているかもしれません。
決してそんなことはなく、葬儀社のスタッフも感情を揺さぶられることもあります。
ただし、それ以上にお客様にとっては非日常の出来事。
私たちは慣れを持たず、一つひとつの葬儀に初心を持って、お弔いのお手伝いをしなければなりません。
感情移入ではなく、娘様といっしょに故人様に対して「いってらっしゃい」と同じように言えるくらい寄り添ってお手伝いすることが私の使命なんだと。
そんな大切なことに気づかせていただいたご葬儀でした。