完璧な終活
終活という言葉が初めて生まれたのは2009年。ある雑誌の連載記事のタイトルでした。
すると、人口減少・少子化・核家族化・そして家族葬の増加。様々なものが要因となりすぐに世の中に受け入れられました。
翌2010年には流行語大賞にもノミネートされるほどに。
かつては「死」を忌むべきものとして捉えてきましたが、死生観・宗教観などが大きく変化していき、「自分の最後は自分で決めたい」「残る家族に負担を掛けないために」という思いと共に広がっていきました。
そして私は葬儀社で勤務する中で「完璧な終活」を目の当たりにしました。
その始まりは「自宅で妻が息を引き取ったので葬儀をお願いしたい」というお電話からでした。
すぐにご自宅へ伺い故人様へドライアイスの処置をさせていただきました。その時には既に故人様はドレスのような綺麗な洋服をお召しになられ、メイクもばっちりでした。
処置を終えて今後の葬儀の打ち合わせに入ると、今回の葬儀で喪主を務められる故人の旦那様から
「堺市立斎場で葬儀がしたいんです」
と開口一番に言われました。
故人様が亡くなられた自宅は大阪市西淀川区。大阪市の中でも北の方にあり、堺市立斎場までは車でも
1時間はかかる場所。
予想外のご希望に少し戸惑いながらも、当社で対応可能であることを伝え、そして質問しました。
「堺市立斎場に何か思いがあってのご希望ですか?」
そこから故人様の終活を聞かせていただけました。
病気が判明したのは約1年前。見つかった時には既に治療も難しく、余命は半年と言われた。
喪主様がその話を本人から聞いたのは病院から帰ってきてすぐのタイミング。その時にはもう終活につての話が始まっていて「余命を受け止めるとかそんなことより、この人を放っておいたら1人でどっかに行ってしまうんだろうなと思った」というぐらい切り替えが凄まじかったとの事。
終活の序盤は仕事のことがほとんどで、ご夫婦で一緒に仕事をされていたので今後どうするのか、名義を変えたり、自分の担当していた業務の引き継ぎでとても忙しかったそう。
そして急に始まった忙しい日々が続いた余命宣告からの約1カ月後、ご自宅で突然「私のお葬式は堺市立斎場でやってね」と話が始まったそうで、「なんで堺?」と聞くと「めっちゃ綺麗で便利やねん。もう見てきたから」との返事。
すでに忙しい合間を縫って1人で堺市立斎場の見学に行っていたようで、「笑顔で言われたら断れませんよ」と喪主様はおっしゃっていました。
祭壇は「あの子は私の趣味も知ってるし、センスが良いから」という理由で娘様に宿題として一任。
入院は嫌だから自宅で看取ってほしい。生きてるときに宗教とは無縁だったのでお葬式も無宗教で。
呼ぶ人は既にリスト作成済み。遺影写真も写真館で撮ってきた。息を引き取ったら自宅で綺麗にしてもらいたいから看護師の友人に既に話はつけてある。色々と選ぶものがあったらお金のことは気にせず全て娘のセンスで選ばせるように。
“お葬式”と題名が書かれた紙に記入されていたほんの一部です。
打ち合わせがこんなにスムーズだったのは初めての経験でした。祭壇も娘様が絵で描いてくれていたので、生花部に写真を送ってすぐに手配が出来ました。
驚いたのは堺市立斎場の使用料が市外料金になることや、その料金まで一覧で記入してあったこと。
完璧な準備のおかげで葬儀は本当に順調に進みました。それは我々葬儀社の力でも、ご家族の力でもなく、全て故人様の見えない力で押されているような不思議な感覚でした。
葬儀が終わって10日ほど経ったある日、喪主様から私の携帯に着信がありました。
葬儀のお礼の電話でした。世間話を交えながら色々と話していたところ「実はこの電話も妻から言われたんです」というお話が。
実は故人様は葬儀に唯一呼んでいたご友人にご家族宛の手紙を託していたとの事。葬儀が終わって家に帰ってから読んでくださいと。
その内容は感謝の言葉から始まり、思い出話、そしてこれからの自分がいない中での過ごし方について。喪主様には仕事の事や、子供の事など10枚ぐらいある手紙だったそうですが、手紙の最後に「緊張しやすいあなたはお葬式で周りが見えなくなっていたはず。ちゃんと皆さんにお礼は言えましたか?葬儀屋さんにもお礼しましたか?わがままばかり言った葬儀屋さんに私が謝っていたと伝えておいてね。」と書かれていたそうです。
初めて故人様からお礼の言葉をいただいた経験でした。
一昔前には「まだ生きてるのに葬儀の相談なんて縁起が悪い」と生前に葬儀の話をするのは避けられていましたが、今は葬儀をされる方の約6割が生前に葬儀の相談をされている時代。
そんな中で“ご家族の気持ち”というものは実際に面と向かって聞くことが出来るものですが、故人様の思いというのはなかなか推測だけで深く知ることはできないと思っておりました。
そう思うと、今回の経験は故人様側の気持ちを学ぶことが出来たとても貴重なものでした。
今後、私が葬儀社で勤務していくうえでとても大切なことを教えていただけました。
もしかすると完璧な終活をされた故人様にとっては私の思いも全て想定内だったのかもしれません。