思い出のコーヒー
「あの日の母の顔が今でも忘れられません」と喪主様はおっしゃいました。
5年間、自宅で介護されたお父様を看取った時は正直ほっとした、やっと肩の荷が降りた、と思われたそうです。
長い介護も終わり、これから自分の時間が持てると思っていた矢先、お母様の異変に気付き病院で診てもらったところ認知症と診断され、目の前が真っ暗になったといいます。
お母様の認知は日に日に進行し、会話は成り立たない、でも体はいたって健康、よく食べるしよく動く、そんなお母様に無性に苛立ち、気づけば「いつ死んでくれるんだろう・・・」と本気で考えている自分自身が怖くなり、お母様を施設へあずけることにしたそうです。
入所の日「今日はお出かけしよう」と、お母様に伝えるととても嬉しそうにされたそうです。
2人で百貨店で買い物をして喫茶店でコーヒーを飲んだ後、施設に行って、「すぐ迎えに来るから待っててってね」と、お母様を騙す様に施設にあずけ、逃げるように帰ったそうです。
「はい、と言って手を振っていたのに、あれが最後になるなんて・・・」
お母様がお亡くなりになったのは施設に入所した2週間後のことでした。
2週間ぶりに会うお母様はずいぶん痩せていて、枕元には百貨店で一緒に買った猿のぬいぐるみが置いてあったそうです。
職員の方から、入所後は食が進まず、体調を崩してからは寝ている事が多くなったと聞かされたそうです。
「絶対死なないと思っていた母がこんなにあっさり死んでしまうなんて・・・」
「あと2週間って分かっていたら、家で面倒みたのに・・・」
「家にいたら、もっと、もっと長生きできたかもしれない・・・」
「施設に置き去りにしたって怒ってる?・・・ごめんね」
「迎えに来てくれるのを待ってた?・・・ごめんね、遅くなって」
「一回も面会に行かなくて、ごめんね」
喪主様が口にするのは、後悔と懺悔の言葉、お母様への謝罪の言葉・・・。
騙すように施設にあずけた罪悪感からなかなか面会に行く事ができず、罪悪感を消すため施設で友達を作って楽しく過ごしてるから大丈夫、体調を崩してたと施設から連絡があった時も職員さんがいるから大丈夫とご自身に言い聞かせていたのに、本当に可哀そうな事をしてしまった・・・。と喪主様は泣いておられました。
「父が亡くなる前から、母の様子がおかしいことは薄々気づいていたけど、父の介護を優先して、気づかない振りをした」
「施設にあずけた日、喫茶店でコーヒーを美味しそうに飲む母を見て涙が出そうになった」
「施設で手を振る母の顔が忘れられない・・・。母は施設に入れられることを気づいていたのかもしれない・・・」
喪主様の、私に話して下さっているのか、独り言なのか・・・
そんな話を伺いながら、喪主様がお母様とどう向き合ってこられたのかを考えました。
親の老いと向き合わなければならない現実、日々の自身の生活という現実、そしてその現実から目を背けたくなる感情との闘い、様々な葛藤を目の当たりにしたご葬儀でありました。
葬儀が執り行われるまでの数日、今までではできなかった会話をお母様とたくさんされたのではないか、そして、これからもされ続けるのであろう、と葬儀後の喪主様のお顔をみて思いました。