想いを乗せた風船
「とにかく見たことないぐらい明るい葬式にしたいねん」
これが喪主様からのご希望でした。
病院で息を引き取られたとの連絡を受けて寝台車でお迎えに。
ご家族との病院での対面は大切な方を亡くされた直後であり、何度経験しても緊張します。
しかしこの日は少し違いました。
病室からは楽しそうな笑い声が聞こえてきます。
扉を開け挨拶と自己紹介をおこなうと「早かったなぁ。で、相談なんやけどこの写真を遺影にできるかなぁ?」と喪主様から写真立てを渡されました。
その写真は坊主頭の女性がバナナを頭に載せているという、いわゆる「変顔」をしている写真でした。
お会いして数秒での出来事に状況が飲み込めていない私は「どんな写真でもご希望があればお作り出来ます」とお答えするのが精一杯。
見かねた娘様が奥から出てきて「いきなりごめんなさいね。もぉ〜お父さん!普通はまず挨拶やろ!」とおっしゃり、「そやなぁ。ごめんな」と謝る喪主様。
そして周りのご家族はその光景を見て笑っておられました。
どうやら病室でこの写真を見ながら盛り上がっておられた様子。
ご遺体を式場へ安置し葬儀の打ち合わせに入りました。
1つずつお話を伺っていくと、とても明るい奥様で暗い雰囲気が大嫌い。
3年以上に渡る闘病生活でも弱音を吐くことはなく、常に明るかった。
最初に見せていただいた写真は薬の副作用で髪の毛が抜けるとわかった日に自宅の風呂場で息子様のバリカンで刈り込んだ後の「人生初坊主頭記念」と自ら希望して撮影した写真。
そして最後に喪主様から「うちはふうせんややねん」との発言。
ふうせんや?→風船や?→風船屋!?
理解するまで3秒はかかったと思います。
喪主様が代表を務め、ご家族皆様で経営されている風船屋。
結婚式やパーティー、各種イベントの会場を飾る風船からバルーンアートまでを取り扱い、奥様も事務方のトップとして精力的に支えておられたとの事。
従業員皆様で風船を使って式場を飾りたいとのご希望を伺い、お寺様の儀式に関わる場所以外はお好きに飾っていただくことになりました。
お通夜前、我々の祭壇準備などが整いしばらくするとワゴン車が3台式場に横付けされました。
ご家族様が降りて来られると、皆様今日お通夜があるとは思えない作業着姿。
さすがはプロと思えるような手際で装飾されていく式場。
入口には風船のアーチ、祭壇から式場をぐるりと囲む故人様がお好きだったピンクとブルーをふんだんに使った可愛い風船のデコレーション。
いわゆる家の誕生日会の飾りとは全く違う、プロがこだわってデザインした統一感のある形や色。
色んな葬儀を見てきたベテランの司会者も感動を隠しきれないレベル。
参列された皆様も入口に入った瞬間「うわぁ〜」と笑顔になっておられました。
もちろん祭壇の中央にはバナナを頭に乗せた故人様の写真が参列者をさらに大きな笑顔にさせていたのは言うまでもありません。
粛々と葬儀は進み、ご出棺も無事終了。
式場の片付けをしている時に喪主様からの着信。
「最後にみんなで風船を空に飛ばしたい」
詳しく伺うときちんと環境にも配慮されている自然に還る素材でできた風船があるとの事。
すぐに式場へ確認し、電線などの無い駐車場の中央辺りなら問題ないとの返答をいただき急いで準備を開始。
お骨上げ後に皆様で一斉に風船を飛ばす事に。
喪主様からは「動画を撮っといて」とのご依頼。
「今後会社の宣伝に使うわ」とニヤニヤした商売人の顔をされていました。
この日は朝からあいにくの曇り空でしたがこの時間になると少し雲の切れ間から太陽が覗いている。
「せーのっ」で飛ばした風船は白い鳥の形。
30羽の鳥は一斉に少しだけ見えている太陽の方へ一直線に向かって行きます。
この光景を見たご家族は昨日からずっと守っていた笑顔が崩れ、喪主様中心に皆様涙を流しておられました。
後から伺うと、火葬後のお骨を見ても故人様の死をあまり実感しなかったが、飛んでいく風船を見ると故人様が旅立って行ったんだとやっと認識したとの事でした。
送り方、送られ方は本当に様々で、人によって姿・形が違う様に無限の種類がある。
ひとつとして同じお葬式は無く、ご家族様の思いを形にするという見本を、ご家族様から直接教えていただいた経験でした。