影響
最近、朝ですが某テレビ局で、じゃりン子チエがやっております。
初めてこのアニメをみたのが、確かまだ私が小学生のころだったと記憶しております。
当時は関西に住んでいたわけではなく、また、内容もある意味大人めいていてあまりよくわからん漫画やなーくらいに思っていたのですが、妙に意味も分からずとも惹き付けらえていた記憶がいまだにあります。
なんていうのでしょう。当時、自分の身の回りで起きていたこと、嫌なことなどが吹っ飛ぶくらい痛快だったこと、そして猫(コテツとアントニオJr)のやり取りの面白さは、今思えば救われていたのだと思います。
ある意味、テッちゃんは尊敬に値します。
人生のバックボーンはもちろん人それぞれ違うのですが、学生になり、社会人になり、いい大人の年齢に達して、たまに思い出す幼少期の記憶は、いい思い出も、あまり思い出したくない思い出も、すべて自分を強くしてくれたんだと、ありがたく思うわけです。
そしてこれからも、そんな深層心理(なのかどうかはわかりませんが)にある、たくさんの記憶が、どんな困難にも立ち向かい、乗り越えるサポートをしてくれていると思うと、この年になっても、もういっちょ勉強したろか!と思えるのだなーと。
若いころ、もうだめだ、と心の中で何千、何万回と叫びながらも、乗り越えてきたのも、どこかに竹本テツとチエ親子がいたからなのかもしれません。
善悪は別(テツは善良な市民とは言い難いため 笑)として、彼らの実直さ、まっすぐさ、あきらめの悪さが私のどこかに根付いているのかもしれません。
また緊急事態宣言が、というムードですが、ご葬儀に携わるにあたって、故人様はどういう人だったのか、どんな思いをもって生きてこられたのか、周りの方はそれをよくご存知なのかどうか、といろんなことを考え巡らせています。
我々はほんの最後のお手伝いの立場でしかないのかもしれませんが、一人の人間が亡くなられるというのは、やはりただの終わりということではないのだと、強く思うのです。
金額の問題ではなく、簡単にすませるとか、大きいとか、小さいとか、そういうものではない気が、やはりするのです。
あー、まとまりませんが…。