明日は、七草粥
を、食べようかと画策しているのですが、この歳になるまで、七草粥を食べた記憶がありません。
なかなか買い物に行くこともできないのですが、先ず七草すべて買い集められるものなのか、という、かなり初期段階で躓きそうに。
世の中は、お節料理も各ご家庭で作ることも大変なため、よくそれぞれの具材が販売されていましたが、今となっては百貨店や料亭さんが作った高級お節がネットでも手に入り、確かに現代では本当に現実的なかたちだと思います。
で、七草粥ですが、知らないのは私だけなのかもしれませんが、乾燥七草が販売されており、思わず購入してしまいました。
なぜ七草粥を食するかは、きっと他の社員が書くのと思われるので、書きません。
便利ながらも、その行為の意義をきちんと理解した上であれば、簡略化というよりは、それを無くさないための工夫と捉えていくことも大切です。
まだまだ、人の心の奥底に眠る渇望や欲求は満たされないので、色々と工夫を重ねて、良いものを残していく。
デジタルでもアナログでも、変遷の風景は同じなのかな?と思う6日です。
H.O

































