七夕
もう間もなく七月…七月と言えば『七夕』ですね。
実は七夕とお盆には大変関係があったことをご存じでしょうか?
本来七夕とは「棚幡」と書き、お盆の時にご先祖様を迎える「精霊棚(しょうりょうたな)」に安置する幡を意味していたとのこと。
旧暦で言う七月七日は丁度お盆の時期にあたり現在も地方によっては七月七日にお仏壇を清掃しお花を飾り、お盆の準備を始めるところもあるようです。
そして七月七日の夕方より精霊棚を設け、幡を安置し、お坊さんにお経をあげて頂くため、「棚経」と呼ばれ、それが『七夕』を『たなばた』と読む所以となったとも言われています。
ちなみに…七夕の願い事は本来手芸の上達を願われていたことが元となり、笹に願い事を書いた短冊を結びつける形が江戸時代から庶民に広がったとのこと。
その為、「仮面ライダーになりたい」とか「お金持ちになりたい」というような願いではなく、「字を上手に書きたい」「水泳でもっと速く泳げるようになりたい」といった手習い事の上達の願いだったようです。
さて、皆さん。
今年はどんな願い事を書きますか?
皆さんもご存知の通りお葬儀を終えられてからも、役所の手続きや
法事、片付けとすることが沢山ございます。
当社をご利用のお客様はこの大変な
葬儀後もほとんどの方がスムーズに
出来たとおっしゃていただいてます。
これには他社には無い独自のサービスが
あるからなのです。
ご利用頂いたお客様のご負担を軽減できるように、寄り添ったサービスを心がげております。
気になられた方は、まずお問い合わせくださいませ。
暑い日が続いています。熱中症などに気をつけて・・・という声掛けが多くなってくる季節です。
先日体育館に行く用事があったのですが、とても暑く、しかし窓は閉めっぱなし状態でした。
競技中足がつってしまった方も何人かいらっしゃいました。
水分補給はもちろんですが、塩分補給も大切です。
熱中症対策の飴ちゃんや、スポーツドリンクなども多くあるので上手に利用して予防していきたいところです。
そんな6月ももうすぐ終わり、2018年も残り半年になります。
スケジュールに沿って、毎日の業務の中にある達成するべき目標があります。
それにプラス、個人的にお正月にたてた目標を達成させるまであと半年。
同時進行していき、来年のお正月にはクリアできてよかったと、一息つけるように日々頑張ろうと思います。
仏教ではこのジレンマによって苦しみや悩みが生じると説いています。
先日、こんな記事を見かけました。
以前より、「葬儀は必要か、否か」のような議論は繰り返し行われてきているのですが、
「葬儀が不要というのは、暴論だ!」という内容。確かに葬儀が不要だという意見もたくさんあり、
それは宗教家のせいになったり、たくさんの会葬者がくることに対してであったり、
誰のための葬儀なのかはっきりしないことなどが原因で、また一時期のように、派手なお葬式
が見直されたりといろいろと要因はあるようですが。
葬儀は必要だ、という話の中では、葬儀がもついわゆる大きな役割を解説している論評もございました。
葬儀は必要だが、直葬がよい、とか、人は呼ぶな、とかそんな結論に達していることも多く感じます。
それを、どこかの大会社で取締役をされていらっしゃった方が、勿論、自論なのでしょうが、大々的に
葬儀は小さいほうがよいとか、人は身内だけでよい、とか新聞や雑誌で持論を展開すれば、多少なりと
も影響はあることぐらいわかっての意見なのでしょうが、へーとかほう、なるほど、とは読めない文章も
多いですね。
葬儀をどうするか、どういう形態がよいか、どうすることが故人の生きたあかしとして意義のある葬儀
になるのか、というのはそれぞれ大きく違うはずですし、違って当たり前です。
勿論、葬儀の意義に対しても、それぞれのご家庭や思考、もっというと哲学的な、そしてどこかスピリチュアル
にとらえる方だっているかもしれませんので、すごく差のでる儀式だと思うのです。
お祝い事は派手にやってもいいけど・・・と、おっしゃる方もいらっしゃいますが、お祝い事だから派手はOK
という考えも、人それぞれのはずです。
それでは、楽しいことにはお金をかけてもいいけど、お悔やみごとにはお金をかけることが間違っている?
という錯覚に陥る気がしませんか?
でも、現代、その錯覚に陥っているところもあるように思います。いわゆる葬儀軽視です。
私は、葬儀の形態や金額といったところ以上に、気になるところです。
身内の死を受け入れられないからか?それともやはり葬儀に意義を見いだせないからか?
それとも時代の風潮か?
地震に雨に、何かと落ち着かない日が続いています。
先日読んだ何かの記事に「お迎え現象」
というのがあると書いていました。
死期が近づいている方が、自分の亡くなった母親の姿を見たり
誰かが呼んでいる声が聞こえたり、というものらしいです。
それは決して怖い事ではなく、ご先祖様が迎えに来てくれた、
一人ではない、安心して逝ける、と言うことだそうです。
20年近く前の話になりますが、私の曾祖母が亡くなる日の前日、
同室だった方が、「明日はお通夜になるねぇ」と祖父に言ったと
言う話を思い出しました。「
「縁起でもない事をいうな」と祖父は思ったらしいのですが、
翌日の明け方に曾祖母は亡くなり、その日は本当にお通夜に
なってしまいました。
後から祖父が「ずっと一緒の部屋で過ごしていたあの人には
何か感じるものがあったのかもしれない」と言っていました。
その祖父も今年、曾祖母と同じ年齢になりました。
そこそこ元気ですが、何かあった時は
「祖父は1人寂しく逝くのではない、きっとご先祖が優しく
迎えにきてくれた」
と思う事にしました。
梅雨入りして、湿気の多い毎日ですが、
今日は晴れて洗濯物もすぐに乾きそうですね。
晴れたのは良いのですが、最高気温が30度をこえています。
私たち業務部は、毎日自転車で他店舗へ行きますので、
雨の日やこれからの季節は大変です。
しかし、自転車に乗って行き来しているとご近所の方とすれ違ったりして
「こんにちは!」と声をかけてくださいます。
そして、事務所周辺の道案内をする時にとても役立ちます。
”○○のお店を右に曲がって” ”××店の前を過ぎて”等々
解りやすくご説明することができるようになります。
現在、業務部では、あたらしい仲間を募集しています。
私たちと一緒に働きませんか?
少しでも興味のある方、お問合せだけでもOKです。
お気軽にご連絡くださいませ。
町内会の会長さんと世間話をしていたら、
最近は家族だけでお葬式をして事後報告もなく後日噂でとか、
敬老の日になってから知らされると言っていました。
お子さんたちが同居している場合だったら、
ご近所や町会のお付合いも知っていて連絡されるでしょうが、
別に暮らしていると報告が随分経ってからになるのが現状でしょうか。
私ももし両親が亡くなった場合は、
ご近所のどなたにどう連絡をしていいのかわからないと思います。
長く暮らしているとご近所の方にも、
色々とお世話になっていると思いますので、
普段の会話でなんとなく確認しておくのも良いかもしれません。
朝から本当によく降ります。
地震の影響が出なければいいんですが、
地盤も緩んでますので、気をつけたいものです。
改めて言うまでもありませんが、
やはり備えは大切です。
大阪の地震でもあの後、スーパーやコンビニからお水や備蓄の食品を購入しに行かれる方が多数でした。
多分大阪は大丈夫と思っている方が多かったのでしょう。
お葬儀も同じこといつかのその時のために、
備えておくことがやはり大切です。
私どもは皆様のご不安を安心に帰るお手伝いを
させていただいております。
ひとりで悩む前にお気軽にご相談くださいませ。
つい先日は久しぶりの晴れ間があったと思えば、本日はとてもジメジメしていて雨のにおいが強い日です。
傘も日傘を持てばよいのか雨傘を持てばいいのか悩ましいところです。
梅雨が明ければまた暑い日が続いて、日焼け、食品衛生、台風など気にしないといけないことが増えるとなるのは分かっていますが、ジメジメするよりは耐えれる気がするので、個人的には早く梅雨明けしてほしいと思います。
先日祖母と電話をしたのですが、もう先のことをだいぶ考え、いろいろ準備も始めているのを聞きました。
以前からそういう話は聞いていましたが、先月入院し、手術をし。。。といろいろなことがあって、ましてや心配症の祖母なのでめいっぱい考えているのがわかります。
葬儀の事はあらかじめ相談しておくと、不安が和らぐということはこの仕事に携わらせて頂いてとても感じます。
身内の人から自身の葬儀のことについて話しているのを聞くと、改めていろいろ考えさせられるように思います。
午前7時58分ごろに大阪府北部を震源として最大震度6弱の地震が起きました。多数の被害を出し、亡くなられた方もいらっしゃるという事でとても怖かったです。
今後1週間は、大きな地震に対しての備えをしておいた方が良いとニュースで言っていました。
各スーパーなどでも、防災関連の商品を買い溜めする人が増えてるみたいです。
備えあれば憂いなしですね。 普段から準備をしておけば、いざというとき何も心配がないということ。
仕事でも共通して言える事だと思いました。
久々に実家に帰ることにしました。
周りには知らない店が出来ていたり近所にも新しい家が建っていたり、懐かしいというよりはあれ?と複雑な気持ちでした。
父親もなんやら老け込んだ感じで、まだまだ元気は元気なのですが。そろそろ色々と考えとかないとなぁと。今回は取り敢えず一緒に遺影のための写真を選びました。え?これがいいの?と私が一人で選んでいたらありえない選択でした。
こういう会話がいいのか悪いのかはさておき。私にとってはいい時間でした。
先日初めて無宗教(宗教家を呼ばない)葬儀を受け持ちました。
ご当家さんには菩提寺様もいらっしゃったのですが、式場から遠方のため一旦は現在のお住まいの近くで葬儀を行い、後日『骨葬』という形で菩提寺様にお経をあげて頂くという考えだったようで…
その為、お通夜・ご葬儀ともにご家族や近親の親族の方のみ参列され葬儀というよりは『お別れの会』と言ったほうがしっくりくる内容で、ご家族の方々が一生懸命に考え準備され、故人様を送ろうとする姿に心を打たれました。
『家族葬』に対しての賛否も多々ある今日この頃ですが、ご家族の皆様がそれぞれの思いを一つにし、故人様を気持ちよく送り出せるように一生懸命に・真摯に執り行われる『お別れの会』も立派なご葬儀だと感じました。
なによりアットホームで温かく、その場に居たすべての人が優しい気持になれたのではないかと思います。
私もこのご家族と同様にすべての方が優しい気持ちで故人様を送り出せるよう、より一生懸命に・より真摯に取り組みたいという気持ちを再確認できた一日でした。
雨が降ったりやんだり、なかなかスッキリ晴れる日が
ありませんが、暑いより過ごしやすい気はしています。
最近、親との距離について考える事が多くなりました。
いつのまにか、親も年をとり、体力も衰え、理解力も低下しています。
何回同じことを説明させるんだろう?
何で、もっと早く歩けないのか?
など、些細な事でイラついてしまいます。
他人なら、何度でも説明するし、歩幅を合わせて歩く事も
苦にならないのに、親となると、なかなか優しくできません。
親が年をとり、衰えていく事を認めたくない気持ちと寂しさが
苛立ちに繋がってしまうのかもしれません。
それでも、やはり親子だからでしょうか?
懲りずに一緒に出掛けて、喧嘩の繰り返しです。
次は優しくしよう、そう自分に言い聞かせる日々です。
親はいつまでも元気でいてくれない、年々、親との
向き合い方を考えさせられます。
葬儀の考え方はもちもち様々。
我々葬儀社の社員は、お客様のその様々な考え方を
お聴きし、それに沿った上で、よりよくなるのではという思いで
提案をさせていただいたり、お客様が、見逃されている部分を
ご説明したりするのが、キホン的スタンスです。
葬儀を簡単に済ませたい。
誰でも思うことかもしれません。
しかし、その意味合いが変わるのが怖くもあります。
簡単とはお金をかけないこと。
これが一人歩きしている気もします。
また、宗教家がいないほうが、家族でゆっくり過ごせる、という
考えもあるようです。
一概に否定はできないまでも、双方の行き違いも多々あるようにも
おもえます。
人の一生の終わりは、葬儀ですべて片付けられるものでもありません。
葬儀社の社員は、それを理解しなければなりません。
でもご遺族が、葬儀に意義を見出だせないのは、残念なことです。
しかし身内の死を認識し、そうだ、なくなったのだと認めるのもご遺族です。
様々な考え方はありますが、
お金のことではなく、簡単に済ませてほしくはない、tぃう個人的意見です。
本格的に暑くなるのも厳しいですが、梅雨寒ともいうくらい、「まだ寒くなるの?」という日がたまにあるので、風を引かないよう気を付けたいものです。
さて、長野県の葬儀社が、車に乗ったまま葬儀に参加できるという日本初のドライブスルー葬儀場が出来てから半年くらいたちましたが、実際に利用された方はどれほどいらっしゃるのでしょう。
メディアでは相変わらずの賛美両論ですが、実際に葬儀を行った方や、ドライブスルーの会葬をされた方の声がなかなか入って来なくて、お話を聞いてみたいところです。
もともとは足の不自由な方のためにとの事でしたが、これからの高齢化社会の中で需要は高まってくるのでしょうか。
先日、母から1枚の写真を見せられました。
フリフリのレースの服を着た(着せられたという方がいいような・・・)生後一か月の
かわいい女の子の写真でした。
なんと!私のいとこに子どもが産まれたらしい。
私は、いとこのお嫁さんにも会ったことがないので、少し信じられない。
まあ、年齢的にはちっとも信じられなくはないのですが、
小さい頃のことを思い出すとうれしいような心配なような気持ちになります。
・・・会うと私のほうが何かと心配されていますが。
さて、最近お寺様とのお付き合いについてのお問い合わせをお受けします。
長年継続してお付き合いをされているお寺様でしたら、私たちがお話することは
何もないのですが、はじめてお寺さまとお付き合いされるとなると心配なことも
たくさんありますよね。
私でしたら、まず「お寺様と何を話したらいいのかな?こんなこと聞いてもいいのかな?」から
始まりそうです。
「今までは両親がお付き合いをしていたので、どうしらたいいのかわからないわ」と
おっしゃる方もいらっしゃいます。
これから長いお付き合いでしたら、少しずつ少しずつ何でもお聞きになれば
よろしいのではないかと思います。
そして、ご自身が困ってしまった分、次の世代の方にもお伝えいただければと思います。
本日、満中陰法要を終えられた方から
お電話をいただきました。
お寺様の本堂をお借りになり法要をされた方で、当日のお供え用でお花をご注文いただいていました。
「本当に綺麗なお花を準備していただいてありがとう、故人が好きな花ばかり入っていたの、
感謝します」と大変喜んでいただけました。
まず、ホッとしました。
お花を準備いただいている花屋さんに感謝です。
当社では葬儀だけではなく葬儀後も寄り添ったサービスを提供いたしております。
何かご不安なことがありましたら、一人で悩む前にご連絡くださいませ。
移動中の出来事。
道路が渋滞していたので何かと思いましたら、
接触事故があったみたいでした。
ちょっとした気の緩みが大きな失敗へと変わります。
葬儀の現場でも同じです。
一つのミスが大きなクレームへと繋がっていきます。
そうならない為にも、普段から一つ一つを丁寧に確認しながら、
確実に行動しなければいけないと改めて思わされる一日でした。
昔、私の親から言われた事で「残してはいけない 全部食べなさい」「好ききらいはいけない」「黙って食べなさい」「早く食べなさい」などがあります。
そして、私は自分の子供達にも伝えています。
しかし、こういう作法は実は仏教からきた食事の作法だと初めて知りました。私はずっと食糧の不足など、「貧しさ」からだと思っていました。
僧侶は托鉢して食事の布施を受けます。信者からもらって食べるのですが、それが修行ですから、その布施に応えて「残してはいけない。全部食べなくてはならない」。そうなるには「好き嫌いを言ってはならない」「仏に感謝しながら食べるのだから無用のおしゃべりは禁止」となるそうです。
何気に言っていた事が仏教に通じていたので深いな…と思いました。

































