曇空
本日は雨が降ったりやんだりの天気です。
お店の前にのぼりを出すのですが、このような天気だと出そうか、まだ出さないでおこうか非常に悩みます。
お店はガラス張りになっていますので、ガラス越しから見える歩く方が傘をさしているかいないか、ちらちら見ながら、また外の明るさ、天気予報など参考にしながら、のぼりを出すタイミングを見たりしています。
そのようなときにちらちら外を見ていると、歩いている方と目があったりします。
また、お店の前を通る間じっくり見られている方や足を止めて見られている方もいます。
気になって見て下さっているのかな~と思います。
お店はガラス越しで事務所も見え、閉鎖的ではなくどちらかというと開放的です。
壁にも『お気軽にお尋ねくださいませ』という紙を貼っているからか、お店の前をたまたま通って、気になっていたから少し相談に。。。と入店してくださる方もいらっしゃいます。
気になった際はいつでもお気軽にお声かけください
夜は涼しくなりました。嬉しくもありなぜか寂しくもあります。いい季節です。
いい季節とは裏腹に災害が多い。台風の風に恐怖を覚えたのは初めてでした。
皆様大丈夫でしたでしょうか?
さてさて、お葬式の夢を見ると夢診断的には縁起が良いそうです。自分の、親戚の、他人の。それぞれいろいろあるそうですが。
一つ自分のお葬式の夢だけご紹介。昇進、転職等のステップアップだそうです。
夢ではなく現実に自分のお葬式のこと考えられてる方にとってもいいステップになればと思います。
何なりとご相談くださいませ。
先日の大型台風により私が住むマンションも停電しました。
幸い数時間で復旧しましたが、夜間だったため照明もなくまたマンションのため水道も使えない状況になりました。
近所の一戸建てに住む友人宅は2日間停電し、我が家の携帯電話のバッテリーやお風呂を貸してあげたため復旧まで難なく過ごすことができたようです。
昨日の夜に復旧しイの一番にメールが届きましたが「電気があるって幸せ!」とありました。
普段当たり前のように使っている電気も使えなくなることでその便利さやありがたみをより理解し、それを実感した数日間でした。
全ての方々が早く通常通りの生活に戻れることを祈っております。
長くご葬儀の仕事をしていますと多くの別れと出会いを経験します。
毎朝、公園でお会いする近所のお爺さん、お昼ご飯で利用する定食屋さんのマスター。
数日前に、ご近所の御婆さんのご葬儀を執り行いました。
お会いさせていただくと、いつも冗談まじりに楽しくお話してくださった方です。
急なお別れで残念でなりません。
ご冥福をお祈りいたします。
台風の猛威、爪痕はなかなかひどいものでした。私も久々に違うルートで帰宅し、今朝もいつもとは
違う手段で出勤いたしました。
さて、こういう状況下でも企業というのは顧客のために営業活動を行わなければならないこともありますし、
もっといえば、せざるを得ないという状況もあります。
私たちの仕事は、本当に緊急対応しなければならない仕事です。
勿論、救急隊員や警察官、ボディーガードではありませんが、非常時、つまり顧客にとって非常の状況に
あられるときに対応しているわけです。
それがすごいとかそういうことではなく、この仕事の存在意義であり、奥深いところではないかと考えるのです。
そういう仕事に携わっているというときに、一従業員として、仕事上の悩みや苦悩というのは、顧客とのコミュニケーションに関するところではないでしょうか。
この仕事は、急なご依頼が重なり、対応に窮することがあります。
何時なんどき、ご依頼があるかわからないなかで、別の仕事もしつづけなければなりません。
私たちにしてみれば、たくさんの対応をしていても、お客様にしてみれば、大変な状況のなか弊社をご指名くださったわけですから、対応者は担当者としてみられるわけです。
そういうとき、冷静に確実に対応するには経験がものをいうことは当然ですが、いちばん大切なのは自身の力量を
しっかり把握しているかどうかです。
しっかり把握していれば、課題がみつかり、自身の能力からパフォーマンスがどうなるかの判断ができまず。
その判断を、一定のラインよりも無理をし、助力を求めない場合、それはチャレンジではなく無謀というリスク要因に変化します。
結局、自身を過大評価していたり、チャレンジが無謀な挑戦だけになっていたりすることがあります。
そこの責任が、自分にあることを理解しないと、いくらチャレンジしても顧客に迷惑をかけるだけになります。
その時、単純ですが、報告や連絡、そして相談ということが重要になってきます。
自己の責任ということは、本当にどこまで感じることができるのか。
暴論かもしれませんが、私は子供たちにこんな話をします。
例えば赤信号で横断歩道を渡ろうとする、なぜ渡ろうとしたのかと聞くと、注意をし確認したときに、どう考えても車は来ないという判断をしたときに赤信号だから待つということはおかしいと。
そのとき、渡るのはよいが、万が一事故が起きたときに、自分ですべて責任がとれるなら、どうぞ渡りなさいと。
それは、あなたの親が悲しむということもよく考えて、と。
その判断ができるにはもう少し、いろんな経験を重ねるために、いわゆるルールを守らないといけないのでは?と。
これも自己中心的な考えのもとに成り立つ、単純な図式。
チームワークやリーダーシップ、こういったことを機能させるとき、自己中心的な考え、ここが難しいのですが、
なんのためにしているか、の考え方で左右されます。
自分が正しいという思い込みの怖さと、柔軟な対応、そして献身的な行為が苦痛に思えたり、献身的にしていることを知らず知らず、もしかしたらわかっていてアピールするような状態になったら、組織は機能しません。
組織を機能させることの重要性が、顧客に対しても重要になることをわからないと、全てにおいて悪影響だということを理解しなければなりません。
台風がせまってきています。
大阪に住んでいると、なかなか経験することがなく
今日の朝の青空をみると、台風がくるのかなと思ってしまいます。
私たちのようなお仕事は、
明日は台風だから前日にやっておこうとか、
今日はこんなお天気だから明日にしようなどと言うようなことはできませんが、
今日は、みなさん厳重な警戒をいたしましょう。
今年は本当に台風が沢山来る年です。
そんな中でも葬儀を行う方はおられます。
私たちは台風状況も気にしながら葬儀の準備や対応をしなくてはなりません。
明日も台風がそんなに影響がないことを祈りながら
昔ならてるてる坊主かな?
9月に入り、暑さも少し和らぎ、
朝晩と秋の気配を感じる様になりました。
台風も近づいているようで
一雨ごとに秋が深まってゆくのでしようか?
季節のかわりめは体調を崩したり
夏の疲れが出る時期でもあります。
9月になりました。8月後半からセミの鳴き声が無くなったり、ショッピングモールのお店やスーパー、駅の広告などで秋が近づいているのを感じ、少しさみしく思っていましたが、9月になると、さすがにもう平成最後の夏だ~と言われた季節は終わったんだなと感じます。
少し前になりますが、業務部では筆ペン勉強会を行いました。
私たちは、水引にお客様のお名前を書かせていただくことがあります。
代筆させていただいているということなので、毎回緊張しますが、毎回綺麗に書けるように・・という意味も込めて練習しています。
自分の書くクセのある字や苦手意識のある字をどうすれば綺麗に書けるか、悩みながら、お手本を見ながら練習すると、普段から書く字も意識するようになります。
字もそうですが、何事も上達するには、出来ないところを考えることと、反復練習すること、その際に意識することが上への近道だなと思います。
明日から9月です。あと、4カ月で今年も終わります。
本当に1年は、あっという間です。とはいえ、まだまだと考えないと、
淋しい気もします。
今日から、サッポ○ビールの黒が店頭に並んでいるのをみて、秋を感じる私。
しかし、人の考えることや、その思考メカニズムたるや不思議なものです。
確かに、育った環境、土地、周りの人々の影響、そこから来る個性とでもいうのでしょうか、
人それぞれ違って当たり前ですが、ある一定の環境下でコミュニティが形成されるなかで、
私たち特に日本人は、義務教育というなのもと、平均的な教育を大抵の人は受けているわけです。
時代がちがえば、同じ意味でも教えられるプロセスは違うのかもしれませんが、能力とか学力が、というのは
一旦置いておきましても、同じ事象をとらえ、次にどう対処するかという、言わば実践的な適応能力というのは、
義務教育をへてしてさえ、こうも違ってくるのか、と驚くこともあります。
いや、やはりこれは能力とかの問題ではなく、自己と社会や一定のコミュニティにおいてでさえ、共通意識や
共有意識を持つことに対して、抵抗感と言いますか、隔たりを、なんとも思わない傾向にあるのではないかと危惧することがあります。
これは、時代のせいなのか、そういう世界全体の環境がもたらすものなのかはわかりませんが、例えばひとつの物事に関しての、共通認識の大きなズレは、何を行ってもまとまらない、という事態を生みかねないのではないかと。
仮に、ここに一本の花がある、その花に対して、キレイだとか可愛らしいだとか、好きだとか嫌いだとか、色が良いとか、葉の形に興味を感じるだとか、たくさんの見方があってよいと思う。が、その花は、その他の花同様、水をあげなければ枯れるし、長持ちさせようと思えば栄養を与えねばなりません。そのかわり、手入れをすれば長持ちすることもあり、一日でも長く見ていることができるわけです。
こんな当たり前の道理ですが、今、物事の見方が、その花はキレイだ、そんなことはわかっている、でも枯れることに関しては、花なのだから仕方がない、といういたってシンプルではあるのですが、人間味といいますか、表現がむずかしいのですが、人間の感覚が植物的に思えるときがあります。
気づいているのかどうかもわからない、気づいていても自分はでしゃばらない方がよいという謙虚さを隠れ蓑にした無関心さ、他人に気遣いをしているようでも損得だけは考えるような打算的な考え。
自己犠牲という言葉がございます。献身的に何かを行っていても、人間ですから、報われないな、と感じるときもあります。
自分はなんのために一生懸命考えて、なんのために頑張っているのだろうと。
そんな人間らしさについて考える8月最後の夜です。
天気予報では来週、曇りが続き少し気温が下がるようです。
といっても最高気温が30度を下回ることはないようなのですが、
きっと涼しく感じるのだろうなと思います。
さて、この前の休日に母とランチをしました。
お盆に帰省していたので、何かお土産でもあるのかと期待していたのですが、
何もない!
誰に会ったとか、どんな話をしたとかそういった話はたくさん聞かされました。
しばらく会っていない親戚たちの話を聞けてそれはそれで楽しかったのですが。
親戚は、皆それぞれの生活があり忙しくしているので、法事等がなければ、
なかなか会えませんよね。
最近は、お葬式も近親者だけ。法事も家族だけという方もいらっしゃいます。
もちろん、何か月も前から親戚に連絡をして日程を調整されている方もたくさんいらっしゃいます。
久しぶりに会えば、色々な昔ばなしができて楽しいものですよね。
連絡をしたり、日程を調整したり大変なことはありますが、
できれば皆さんが集まってワイワイする日は続いていってほしいものですね。
まだまだ暑いですが家電量販店も夏モードから秋冬商品に変わってきていました。
最近ではどの家電にも人工知能が付いてきていて勝手に強めたり弱めたり調理したり、そしてそれをインターネットに繋げて他のものと連携する。AIとIoTが今後のポイントですかね、楽しみです。
さてさてではお葬式の世界ではどうでしょうか。昔のような大きな式は少なくなりました。少人数で家族葬。今の流れでしょうか。今後ははもっと個性的なお葬式が増えるのではと個人的には思っております。とはいえ儀式ですからそこまで個性が出しづらい面もあります。それでも昔では考えられなかった自分の葬儀の相談を本人がする時代です。
変わっていきそうです。
しっかり対応していかなくては!
暑い日が続きましたが、この暑さももう少しの辛抱みたいです。
本当にみなさん、頑張りましたね。
先日、奥様の四十九日を終えられた方とお話しをしていましたら、長い間お二人で過ごされていたので、一人になった家の中で、どこを見ても奥様の事を思い出してしまってお辛いようでした。
色々と聞いていますと、お二人が出会った頃の事や、奥様がお好きだった趣味の話なども楽しく話され,お帰りになる時には「色々話をして、なんだか少し楽になった」とおっしゃられていました。
故人様との思い出話というのはお悲しみを癒す最高のお薬のようです。
たとえ話相手が故人様の事を知らなくても、こんな人だったんだよと、是非お話しして下さい。
普段は当たり前のように使っているものも使えなくなると不便と感じることはありませんか?
私たちの周りにあるパソコン、電話、携帯電話、テレビ、車などほとんどのものがそうですよね。
お葬式も同じです。
式場の音響設備、施設の備品など、使えなくなると大変なことになります。
そうならないように日頃から点検を行い、いつでも使えるように準備しておくことが大切です。
弊社も日程を決めて、備品や、施設の点検を行っております。
相続というとたくさん財産を持っている方に必要な事のように思ってしまいますよね。
私も関係ないと思っていたんです。
それは間違いでした。
亡くなった方の所持していたお金、銀行の預金、持っている株や土地などの不動産これらの名義を変更するのも相続っていうらしいんです。
ほとんどの方がこれらのものは所持しているので、必ず必要な手続きなんですね。
名義の変更などで疑問のある方や、専門家の相談を希望される方はご連絡ください。
ご紹介いたします。
大阪は台風が過ぎ去って今日は晴れ空です。
今回の台風でまた被害が出た地域もあるようです。
自然災害はどうしても起こってしまうものだと分かっていますが、何事もなく過ぎてほしいといつも思います。
先日ニュースで葬儀・埋葬・供養に関する、設備・機器・サービスの集まるエンディング産業に関する専門展示会が東京で行われていたことが放送されていました。
そのイベントとして供養女子コンテスト、お供え花コンテストなどもあるようです。
また、故人様の趣味に合わせた棺(例えば、サッカーが趣味なら、サッカーのグラウンドをプリントされているお棺)ものや、おりんを鳴らすと遺影写真が映像で出てくる遺影写真、恐竜を表した祭壇、お家のインテリアの雰囲気になじむお仏壇、スマートフォンで分かる故人様の軌跡など、いろいろなものが展示されていることを紹介されていました。
『終活』という言葉も一般化している現代において、『死』をタブー視してきた日本人の死生観も変化しており、葬儀や埋葬・供養の在り方も大きな変化の時を迎えている。
従来の葬儀の形ではなく、個々が自らのエンディングに対して高い関心を示し、葬儀や埋葬、供養のあり方も個人の好みや希望が大きく反映されるようになってきている。多様化するマーケットの健全な発展と、超高齢化社会を迎えた日本が自分らしいエンディングを選択できる社会を作れるように・・・というのが開催背景だそうです。
その時代の需要に見合ったものが考えられ、作られ、形にされて、変化しているのを改めて見た気がしました。
ただ、故人様や見送る方の希望に沿った葬儀を・・という根本的なところは変わらないんだろうなと思います。
お彼岸と言えば・・・
おはぎとぼたもちですね!
ところでこの二つの違いってご存知ですか?
基本的には使っているものも味も同じものですが、食べる時期が異なります。
漢字に直すと「牡丹餅」「お萩」…ということで牡丹餅は牡丹の季節。お萩は萩の季節。
その為、春はぼたもち・秋はおはぎと使い分けるようです。
どうやら私が普段よく食べているのは「お萩」だったようです。
しかしそれぞれの花を表現しているためぼたもちのほうが大きく作るようで…
私の好みは「ぼたもち」のようです。
とこんな内容を書いているとおいしい「ぼたもち」が食べたくなりました。
帰りに「丹〇屋」にでも寄ろうかと思います。
台風ですね、皆様いかがお過ごしでしょうか。
台風といえば沖縄です。沖縄ではどうしてるのかなぁと少し調べてみると、さすが沖縄の人、まず出てきたのが飲み屋を予約する。次が物干し竿をくくりつける。
すばらしいですね。
楽しんで行ければと思います!
それでも備えは大切です。皆様お気をつけください。
お盆も過ぎ、少し暑さも和らいだ様に感じます。
今年は久々にお盆に帰省しました。
私の地元では毎年お盆には
精霊流しをしていたのですが
環境問題と高齢化でなくなってしまいました。
祖母に浴衣を着せてもらい
祖父と桟橋を歩いた日が懐かしく
感じます。
蒸し暑さが戻り、高校野球もついに決勝。
桐蔭やりますね。二度目の春夏連覇だそうですね。
野球を見る方ではありませんが、高校野球のピッチャーでも
最近は140キロぐらいのストレートは、投げて当たり前なんですね。
びっくりしました。
バッティングセンターで、かすりもしません。
底上げ、レベルアップ、なんでしょう。
野球やサッカーのように、注目を浴び、若い世代からきっちり指導が行われ、
国全体でも盛り上がってくると、いろんな意味で底上げや定着化が図られます。
さて、時代の変遷に呼応するように葬儀の世界も変化していきますが、若者がこの
職業に関心や興味をもつべく業界が変わっているのか、といいますと現実厳しいのかもと。
とはいえ、若者世代の感覚に迎合するような業界の改革は、だめでしょう。
お客様の感覚をいかに察知していくか、ひいては若い世代の関心に繋がる、と思うのです。

































