挨拶
ぼくたちが子どものころから大切だと教えられてきた挨拶。実は仏教用語なんです。
挨は「押す」拶は「せまる」という意味があり、挨拶とは「前にあるものを押しのけて進み出ること」を意味しています。
これを現代的に考えると挨拶とは「心開いて相手に近づいていく」ということです。
相手に心を開いてもらうためには、まず自分が心を開こうと思います。
急に当社へ来店された男性。
少し焦った様子でドライアイスを頂けないですか?と来られました。
よくよく、お話を伺うと、飼い猫が急に亡くなり、ペット霊園に連れていくまでの間、体が傷まないように
冷やしたいとのことでした。
色々とアドバイスをさせていただき、結局、ドライアイスは利用しませんでしたが、
以外な需要があるもんだと、思わせる出来事でした。
ジメジメした梅雨がやってきましたですね。
暑い夏もいやでし、寒い冬もいやです。
勝手なものですが・・・。
お葬式もまた出すのも、参列するのもいやな出来事です。
季節と同じくいづれはやってきてしまうものなのですが・・・
私も田舎に母が一人住まいでおりますので。
他人事ではありません。
私も含めて親っていつまでも居てることがあたりまえだったりするものです。
でもいつかは別れなあかん時がくるでしょう。
毎日あたりまえがあたりまえでないことを実感しながら
日々生活したいと思いました。
皆さん、『合掌』の意味や由来はご存じですか?
普段日常的に行われる『合掌』は、その相手に対する敬意を示し調和を願うことを表現する場合に使われます。(たとえば「いただきます・ごちそうさま」や「ごめんなさい」など)
ですが仏教においては右手を仏、左手を衆生(命あるもの全てという意味)として表現しており合掌することで仏と衆生が一体となり成仏を願う気持ちを表現したものとなります。
では、お葬式のお焼香の際などは誰に向けて合掌するのでしょうか?
よく「故人様に向けて合掌するのでは?」と思われがちですが、その場合は仏様へ向けて合掌することが正しい合掌の方法です。
また、その際には「故人のことをよろしくお願いします」という気持ちを込めます。
このようにお通夜やお葬式で行うあらゆる儀式や行為についての意味を理解することで説教やお経の意味の深さなどを感じることもできるのではないかと思います。
そして本当の意味で故人様への供養となり、仏様への敬意を正しい形で表現することができます。
ご葬儀の儀式も多数あり全ての意味を理解するのは難しいかと思いますが、儀式の中で最も触れることの多い『合掌』を理解することで皆様のお気持ちの伝え方が変わるのではないかと思います。
早いところではもう梅雨入りをしたとニュースでされていました。
湿度が高くなり、太陽を見ない日が続いたり、衛生に気をつけたり、頭痛がしやすくなったり、紫陽花が満開になったりする季節ですね。
晴れの日だとあまり気にならないことも雨になると気にかけないといけないことがたくさん出てきます。
もちろん、お式の日が雨だといろいろな配慮が必要になってきます。
室内で事務作業をしている私たちでも、郵送書類が濡れないようになど気をつけます。
’~が出来ない、困った’’~しにくい’といった、マイナス面が目立つように思いますが、雨も恵の雨といわれるように降ってもらわないと困るものです。
雨の日は憂鬱になりがちですが、そんな時こそ良いところを見つけていこうと思います。
私の地元のダムはよく水不足になりがちなので、地元を潤してくれていると思うようにして気持ちだけでも晴らしていこうと思います。
気温も上がり、虫たちも出てきましたね。
いよいよ夏が来るのかと気負う日々です。
夏はキライではなかったはずなのですが、年々キライになっていくような…。
まぁそれはそれとして。
皆様は今年の目標、今月の目標、今週の目標、今日の目標。どのあたりの目標を立てますか?
期限を決める
私の今年の目標はそれです。
何事もやろうとはするものの、なかなか最後まで…でもまぁまだやってるし。みたいなことが多い。原因はと考えたらどれにも期限がない!それはだめだ。ということで、これからは何事にも期限を意識して計画立ててやっていこう!
皆さまもぜひいかがでしょうか。
先日、めずらしく母と姉と食事をしました。
父の三回忌の話をするためだったのですが、
ちょうど今年は祖母の二十三回忌になるということで
伯父が一緒にしたらどうかと言ってくれたというのです。
”なんだそうか・・・よかった”と、少しホッとしてしまいました。
父は8月に三回忌を迎えるのですが、
10月が祖母の二十三回忌になるため、
その間でということになりました。
そうなると、いつものことですが伯父に
すべてお任せしてしまうことになります。
申し訳ないなぁと思いながら、ホッとして、甘えてしまっています。
皆さんも、これから何十年と経って
いざ自分が任されることになった時、何もわからないかもしれないと
思うことはありませんか?
一緒にしてもらえるうちに、色々と聞いておくのもよいかもしれません。
暑い日が続いています。
少し動くと汗がでます。皆さん日射病には
十分注意して下さい。
今日、ある病院の霊安室のお祓いに
立ち合いました。
お祓いといえば神社というイメージがありましたが、
お寺のご住職がお祓いをしてくださいました。
お寺でもお祓いができるという
新しい発見をした1日でした
寒くなったり暑くなったりと、気候がなかなか定着してくれない日が続いています。
さて、もっとも身近な仏具として念珠・数珠というものがございますが、本来は、お経を読む回数を数える道具だったそうです。「数を念ずる」「数を記す」ためのものとして「数珠」と呼ばれるようになったと言われています。
数珠には大きく分けて「本式数珠」と「略式数珠」があり、「本式数珠」はそれぞれの宗派の正式な数珠で、「略式数珠」は宗派にこだわりなく使える略式の数珠です。最近は略式の数珠をお持ちになる方が多いようです。
弊社では店頭で念珠も用意しておりますし、修理の窓口もさせていただいております。
何かございましたら、お声かけくださいませ。
気温差が激しい毎日です。
まるで、熱帯雨林地方みたいです。
少し前に読ませていただいた書籍に「多死社会」とういう記述がございました。
現在、社会問題になりつつある「高齢者社会」
その後に待ち受けるのが多死社会です。
死亡者が激増するなかで、その時代の葬儀もどうなっていくのか、
少し考えさせられる言葉でした。
そろそろ熱い日差しが気になる季節になってきました。
この暑い日がなければ秋も冬もやってきませんので
少し我慢をして涼しくなるのを待ちたいと思います。
先日担当したお葬儀ではどうしてもお家につれて帰りたいという強い希望のお客様。
お体の状態があまりよくなく一度は家にけることを断念していただけるようにお伝えしたのですが、
少しだけでもいいから寝かせてあげてと強くご希望になられましたので、
私どもも何とかして家に連れて帰れる方法をと頭の中でいろいろシュミレーションしながら考えました。
最終ご遺族の強い意志に私の背中を押されとりあえず家に戻ることになりました。
ご自宅にはたくさんの親戚の方が待っておられ玄関までの階段を確認して
この人数なら何とか故人様を抱きかかえて上がれると判断し、
男性5人で何とか2階の玄関まで上げることができました。
ご遺族からは「本当にありがとうございます。やっと連れて帰れた」と、
お礼の言葉をいただくことができホッといたしました。
この方のように
故人様の最後の希望をお持ちの方は是非当社にお問い合わせくださいませ。
私が普段使用している「御愁傷様」
今一度、意味を理解しようと調べました。
「愁傷」は「悲しむ」という意味。「ご愁傷様」は不幸があった人に「お気の毒さまです」という意味を込めて言う文言。「この度はまことにご愁傷様でした。心よりお悔やみ申し上げます。」などと使う。「御愁傷様」
ただ言葉として使っているのでは、相手に伝わらないし意味が無いので、心から気持ちを込めて使わなければならないと思いました。
いよいよ梅雨の時期が近付いてきましたね…
雨の日が続き外に出れば濡れてしまい、家の中にいてもジメジメ・ジトジトして気分も憂鬱になってしまう方も多いかと思います。
確かに雨の日の外出などは嫌な気持ちになることもありますが、実は私は雨の日は好きなんです。
水の流れ動く場所にはマイナスイオンが発生し癒しの効果があると言われており、その代表的な場所として『滝』などがあげられるかと思います。
私の場合、雨の日の家や車の窓を水が流れる様子や、流れる音、を見て・聞いているとすごく落ち着き癒しを感じるんです。
小学生くらいの頃の話ですがプールの中に潜って太陽を見るとプール全体がキラキラしていて、その中で自分の息がボコボコと泡になって上って行く。
その泡もまた綺麗だった事を発見してからよくプールの底でボコボコしていました。
そんな発見をして以来、水の流れを見ているだけでも癒しを感じるようになっていました。
なかなか共感を得られないかもしれませんが…
これからの梅雨の時期、是非一度雨の中で耳を澄ましてみてください。
皆さんに少しでも楽しく・気持ちよく感じて頂ければ嬉しいです。
私事ですが、最近周りでお祝いごとが多くとてもうれしいです。
でもそれに伴い考えることもついてきます。
何を、いつ、どのタイミングで、どれくらいの予算でどういったものを渡そうという幸せな悩みが出てきます。
ただ、初めてのお祝いごとで分からないこともあったりするので、自分でインターネットで調べたり友達に相談したり、親に聞いたりいろいろな手段を使ってその人に一番喜んでいただけるものを考えます。皆さんもそうされたりするのではないでしょうか?
お葬式もわからないことがたくさんあると思います。
ただお祝いごとと違うのはもしものときが起きてからわからないことを調べたりするより、あらかじめ知識をつけておくほうが安心だと感じます。
本やインターネットでも調べれますが、実際に葬儀社に聞いたり、講座のお話を聞いたりすることで不安が和らいだりすると思いますので、機会があれば専門の人に聞いたりするのも1つの案ではないでしょうか?
昨日今年初のクーラーでした。
早いですよね。それにしても暑くなりました。
皆さま体調崩さないようにしてください。
さてさて、私、恥ずかしながら字があまりうまくありません。練習すればうまくなる!何事もやってみなくては!ということで、筆ペン練習帳を始めることにしました。まだまだ1ページ目、持ち方。そして2ページ目、ジグザグを書いてみよう。です。バカにしてんのかとか思って書いてみると、お手本のようにはいかず、なかなか難しい。できると思ってることでもいざやってみるとでは大違い。何でもやってみる。大切なんだと思います。ただ、気持ち先行で読書、テニス、筆ペン、筋トレ、その他もろもろ。自分に課したやってみるべきことが多くなってきました…。
無理なく楽しく続けて行こうと思います。
近年当たり前になってきましたが、冬が終わったかと思うと春を感じる間もなく夏日になってしまいます。
寒かったり、暑かったりと、人も寒さ暑さに素早く対応できる動物へと進化していくのではないかと思ってしまいます。
さて、喪中という言葉はよく聞きますが、忌中というのは、使う機会が少ないかもしれません。
喪中は1年間と期間が長いので、年賀状の季節になる前に喪中ハガキを用意したりするものです。
忌中は仏式の場合四十九日までの事を言います。
どちらもお祝い事を慎むようにするものですが、忌中は個人の弔いに専念して過ごす期間、喪中は遺族が悲しみを乗り越えて社会復帰をするための期間とも言われています。喪中の時期が短かく感じるか長く感じるかはそれぞれですね。
先日、人生100年時代。
という言葉を耳にしました。
私の人生、まだ半分以上あるということです。
そう思うとまだまだ、新しい事を始める
チャンスはあるのでは⁉︎
と思う今日この頃です
昨日は休日で出かける予定があったのですが、
またまたあいにくの雨でした。
約束をしていたので、当たり前ですが「雨だから」と断るわけにはいきません。
もちろん、その予定は楽しかったのですが、
気温が低く、少し肌寒かったので、なぜ上に羽織るものを一枚バッグに入れて
出かけなかったのかと後悔はいたしました。
さて、川上葬祭では4月に決算期をむかえ
5月から新たなスタートをしました。
私たち業務課は少しばかりバタバタすることとなります。
資料用のファイルを新しくしたり、いつも保管している場所から資料を移動したり・・・と。
いつもは事務所の椅子に座ってパソコンのキーボードをたたいていますが、
この時ばかりは保管庫の中を覗き込み、パンパンに入った資料をどう移動させるかと
悩み皆で話し合います。
毎年のことではありますが、もっと早めから少しずつ整理整頓しておけばよかったと
後悔いたします。
年々資料も増えていくためあたらしい保管方法を考えなければなりませんね。
すごい雨の一日でした。台風のような豪雨に見舞われ、運転はなかなか大変。
これだけ、すごい状況ですと却ってみんな運転も注意するのでしょうね。
危険な状況とわかっていれば、それなりに人間は身構えるものです。
よっぽどの、不注意に見舞われれば別ですが。
「今日は、いつも以上に運転には注意しよう!」と声を掛け合うのですが、
それはこんな天気だからではなく、いつも毎日声掛けはすべきであります。
仕事上、さまざまなアクシデントに見舞われる可能性があります。
ひとつ一つ注意して、ことに当たらなければなりません。
本日、お手伝いさせていただいたお家の方。
寺院は、知人で京都の由緒あるお寺様。
気になるのは、お布施。
知人であればあるほど、実はお伺いしづらいというのが本音。
さあ、どうすればよいか?
「いくらぐらい包むのが良いのかしら?」と当然、アドバイスを求められます。
一般的な額は・・・と、お話しすることはできます。
へんな話、お布施にもある程度の相場があるようですので。
「お気持ち」で、と言われるのが一番困るというお渡しする側の事情と、
そもそも金額でいうようなものではないという、寺院の事情。
そこに挟まれる私。
人間というのは、実はこういうやり取りが大事におもうのです。
困る、確かに困るし悩むかもしれません。
でも、これはこの金額、はい、これで、というと、なんだかビジネスライクで
???と思うところもあります。
勿論、本当に感謝の気持ちもないようでは、金額がどうのこうのという
ことではなくなります。
仏式でご葬儀をお考えの時、やはりその時、というよりは私は安心して
ご葬儀のお勤めをお願いできる寺院を探す、または疎遠になっていたところを
お話合いしてみるなど、そういった行為は必要ではないか?と思うのです。
なんでも価格表のようなやり取りになってしまうと、大変残念に思います。
力を込めて、お勤めされる寺院の姿を拝見するとそんな風に感じるのでした。

































