七五三の恐怖
うちには7歳と5歳の娘がいるのですが今日、七五三の前撮りに行って当日レンタルする着物を決めて来たそうです。
七五三とはなにか、ぼんやりとしか知らなかったので由来を調べていると色々と恐ろしい事実が浮き出てきました。
「七五三ってなんでやるん?」とうちの奥さんに聞くと
「知らん。3歳5歳7歳で神社行くんやろ」
とのこと
「神社で祈祷してもらうのに予約いるみたいやで」
「知らん。調べとくわ」
「予定日がド平日やけど子供の学校どうすんの」
「忘れてた。休ます」
「5歳は大体男の子だけらしいで」
「ウチはちょうど2歳違いやし一人だけ着物きても残りが拗ねるし。今は家の都合で女の子でも5歳で行く家も増えてるらしいから大丈夫」
うちの奥さん、自分の都合に合わせた部分しか調べてません
ペロブスカイト太陽電池というものが注目されています。
詳しいメカニズムなどは私ではとても説明しきれないぐらい難しく、何度本を読んでも理解しきれません。
とにかく製造コストが従来の半額ぐらいで、薄く柔らかいので今までのようにビルの屋上などの広い平面だけではなく、デコボコの壁や曲面にも設置出来るという優れ物。
再生可能エネルギー割合を高める可能性があると世界中から注目されています。
このペロブスカイト太陽電池は日本人が開発したとの事。
しかし現在では中国、イギリスなどで大量生産と実用化が始まっている一方、日本ではやっと大量生産可能な工場の建設予定が決まった段階。
1歩も2歩も遅れを取っている状態です。
仕事でもそうですが、「コレ!」というものに飛びついて自分のものにしていく大切さを感じます。
いつ来るかわからないチャンスを確実にゲットする為にも日々の努力と情報収集がいかに重要か再認識させてくれます。
明日か明後日か、、、常に来るかもしれないチャンスに備えて努力を怠ってはいけないと私の気を引き締めてくれる話題でした。
気づけば10月です。
以前働いていた職場は
ハロウィン ボジョレーヌーボー解禁
クリスマス お正月
と年末年始のイベントラシュに向け
この時期は毎年必死に準備をしていたことをふと思い出しました。
イベントの度、仕事は準備が9割だと多々感じました。
葬儀の仕事も準備は大切です。
丁寧に準備することを心がけます
って、うまく使い分けられているか、をよく自己でテストします。
「田舎のおばあさんが作る味噌汁は旨い」
これは偏見か、イメージの問題か、と。
味噌汁をつくることが大嫌いで、苦手で、我ながら美味しいとも思わない、田舎のおばあさんもいらっしゃることでしょう。
おじいさんがつくったら美味しいかもしれませんし、第一、田舎ってなんだ、という問題に発展するかもしれません。
言われたほうは、田舎者扱いされて気分をが知るかもしれません。
「都会のおじさんが作るカレーは旨い」となると、イメージ的に私は合わないですが、皆さんはどうでしょうか?
というように、仮説、検証や、真か偽を考えていくと、「ああ、世の中けっこう偏見に満ちている」と認識することで、頭を整理することをしばしば行います。(という変なところが私にはあります→これも他人がいうと偏見です!)
イメージ操作や偏見との瀬戸際で、いろんなことが進んでいる世の中です。
本質の見極めも困難になりつつある中です。疑問を持ちつつも偏見にならないように・・・。
そのためにもやはり日々、勉強ですね。
ここ数日で涼しくなってきましたね。
毎年、秋が短い気がしていましたが、今年は秋を楽しめそうです。
今年もあと3ヶ月となりましたが、毎年喪中はがきの問い合わせが
増える時期です。
11月中には相手に届くように準備されることと思います。
アッという間に日は過ぎてしましますので、
少しずつご準備くださいませ。
いつもでお気軽にお問合せください。
秋の七草 萩、ススキ、葛、撫子、女郎花、藤袴、桔梗の7種類。
「秋の野に 咲きたる花を 指(および)折り かき数(かぞ)ふれば 七種(ななくさ)の花」
「萩の花 尾花 葛花 なでしこの花 女郎花 また藤袴 朝顔の花」
万葉集に書かれた和歌がもとになっているそうです。
ようやく大阪も秋になってきました。
10月なのに大阪の最高気温が30度だったって昔の方が知ったらびっくりしますよね。
100年後の大阪に秋はあるのかな・・・
年中、常夏かもしれせんね。汗
はじめまして。本日からブログ更新をさせていただきます。
この会社に入社して数か月が経ちました。お葬式に関わる仕事をするのは初めてで、もともとの知識も少なかったため、初めて知ること、経験することが多く、新鮮な毎日です。
「ブログを書くこと」も、人生初体験でございます。
少しでも皆様のお役に立てるように、日々勉強してまいります。よろしくお願いいたします。
転職を機に、15年ぶりに関西に戻ってきて、新鮮な気持ちで日々を過ごしています。
これまでも葬祭業に携わってきましたが、やはり地域ごとの文化や慣習の違いに驚くことも多いです。
先日の、当社のYouTubeで代表の川上が話していましたが、「大阪では霊柩車の助手席に葬儀社のスタッフが乗る」というのは、私が大阪に来て、実は一番驚いたことでした。
「霊柩車の助手席には喪主様が乗る」というのが当たり前だった私が、すでに何度かスタッフとして、火葬場でご案内するために、助手席に乗車しました。
ずっと葬祭の仕事をしていても、まだまだ知らないことばかりです。
先輩社員からたくさんのことを吸収し、かわかみ葬祭の一員として、皆様のお役に立てるよう頑張ってまいります。
これからもよろしくお願いいたします。
生きている間は思い出の品も、亡くなってしまうと全部遺品になると言うお話を聞いてから、少しずつ断捨離をしているのですが、家のあちこちからたくさんのお守りが出てきました。
旅行先で購入したものが多く、直接返納することが難しいものばかりで、
中には安産祈願など、何年前のだろうと思うようなのがたくさんありました。
いつか返納しようと思い、それができておらず気が付けば何十個もお守りがたまっていました。また返納した先が宗派の違うお寺様だと大変失礼にあたるし、どうすればと調べていると自分でお焚き上げすることもできると知りました。
ネットで正しいお清め方法を調べ、お塩、半紙を用意し、包んだお守りを後は火鉢でお焚き上げするだけです。感謝の気持ちを伝えつつ、灰になるまで見届けましょうとの事なので、
次の休日に玄関先で実行してみようと思います。
SNSでお葬式の際、受付にノートを置いてみたところ、
来た人が故人様との想い出を綴ってくれるので式が終わった後、
自分の知らなかった故人様のお顔が知れて良かったといった体験談を見つけ、
なるほどと思ったので共有させていただきます。
これは元々お寺様から数ある経験の中で得た知見を教えてもらったそうで、
やってみたところ良かったと投稿者様が共有されていたので、良ければご参考にしてみてください。
ご遺族様が知っている故人様のお顔は身内の方だけが見たことのあるお顔であるように、
職場の方、地域の方、または習い事をされている方であればその方達しか知らない故人様のお顔があり、
それを知れるのが想い出話に花を咲かせるきっかけになり良かったと。
年々縮小傾向にあるお葬式ではありますが、
身内の方以外を呼ばれる際はこういったものを置いてみるのも気持ちの整理がついていいのかもしれません。
本日の大阪は、日差しが強く日中の服装は半袖がちょうど過ごしやすいですね。
まだまだ暑いと思っていると、急に気温が下がって服装に困ることになり得るかもしれないので、
そろそろ衣替えの文字が頭をよぎります。
困ったことに洋服は破れないとなかなか処分ができない性格なので、一向に減っていきません。「これではイカン」と思い、最近は何年も袖を通していない洋服は処分するようにしていました。
後ろ向きではなく前向きに考え、もしもの時にこの洋服の山が遺ってしまうと「遺品」となり処分も進まなくなると思い、洋服以外の物も見ていくようにしています。
皆様も前向きに整理をしていってはいかがでしょうか。
最近読んだ本で非常に面白かったのが、「眠れないほど面白い 空海の生涯」という本です。
弘法大師とも呼ばれ、「ほんまに?」というような伝説的(作り話??)な人物という印象でしたが、本書は所謂伝説を取り除き1200年前の光景が目に浮かぶような描写でスラスラ読めました。
空海は真言宗を起こしましたが、同時代に天台宗も起こっていて、両者は共に現在に至るまで受継がれ、日本の仏教界の大きな流れともなっています。
天台宗を起こした最澄は空海とも交流があり本書ではその辺りも詳しく書かれており、そしてなかなかに面白い関係性なんです。
密教と天台宗(その後出来上がる阿弥陀系の宗派)の違いもわかりやすく書かれていました。
是非読んでみていただきたい1冊でした。
27日に安倍元首相の国葬が執り行われました。
会場となった日本武道館の周辺には、追悼する人が列をなしておりましたが、国葬反対デモをされている方々も大勢来られたとのことです。
様々な意見があり、国葬に反対する意見の方もいらっしゃる事はわかりますが、テロで亡くなった方の国葬の近くで反対デモを行うという事は、警備の問題に置いても大変な事だと思います。
葬儀というものは故人様に弔意を示すものであるので反対の意見があるとしても別の所で集まっていれば良いんじゃないかとも思います。
なかなかないことではありますが、故人様に弔意を示し親族様に慮るような葬儀をおこなっていく事が一番大事だと思います。
安倍元首相の国葬がとりおこなわれました
賛否両論、色々な意見があると思います
テレビでは反対のデモであったり、一般献花の長蛇の列であったりが報道されてます
色々な問題があったのかもしれませんが
我が家にとっては実際のお葬式を知らない二人の娘が
おそうしきってこういうのなんだと勘違いしている事が目下の問題です
いつかは「普通のお葬式」を経験するのでしょうが
しばらく勘違いしたままでいられればいいかと思います
今はYoutubeとかSNSを見る機会が多くなってしまい、新鮮なこともあれば、こりゃ若者も大変だな、と思ったり。
何がって、価値観の基準がそれぞれに任され、本当に良い意味では個性が重視されて、表現なども多彩に富んだ方々も世間に知らしめやすくなっていたり、いろんな効果があり素晴らしいと思う反面、いわゆる常識とされてきたことも、新たなものに変わるスピードが速くて、懐かしいとか、あれは良かったよね、とか言ってる暇もなく、新たな文化?ノーマル?スタンダード?が当たり前になってしまって、過去の良きものが合理化に流されてしまっている気がしてならないです。
という感想を持つこと自体が、もう時代に乗ることがしんどくなっている証拠なんでしょうね。
多様性とかいわれ、いろんなことが個性として認められ、なんか差別や偏見が無くなり、とても良い世の中に進んでいくように見えますが、無礼、非礼、誹謗中傷などもネット上ではなくなることもなく。
確かに時代に合わせていかなければいけないこともあるでしょう。
過去よりも精神的にも進化をしなければならない面も多々あるでしょう。
ただ「過去=古いからダメ」みたいなことも、避けなくてはならないと。
葬儀の仕事をして、柳田国男先生の本を読むとつくづく思います。
彼岸花があちこちに咲いています。
子供の頃、家に植えようと思ったら
彼岸花を植えたら火事になるからダメだと
言われたことがあります。
何故そういわれるのか、調べてみようと思います
本日の大阪は湿度が低くカラッとしており、過ごしやすいですね。
今読んでいる本で、普段使っている言葉がたくさんの仏教用語だということを知りました。
例えば、「挨拶」は「一挨一拶(いちあいいっさい)」という言葉が変化したものだそうです。
一挨一拶とは、師匠が弟子に声をかけ、相手の悟りの深さを測るふれあいの言葉だそうです。
挨拶ってとても大事なコミュニケーションですよね。特に朝は顔が下を向いて元気がない挨拶をされてもあまりいい気分ではないので、なるべく大きい声で顔を向けて挨拶するように心がけています。
一日の始まりは元気よく過ごせるように挨拶をしていこうと思います。
最近、「傾聴」についてよく考えています。
傾聴とは「耳」「目」「心」を傾けて真摯な姿勢で相手の話を聴く。
お客様に対して同僚に対して、傾聴ではなく「聞く」になっていないか自問自答しております。
最近は何となくコロナの影響で足が遠のいていた大型書店へ行ってきました。
以前は、週に1、2回は行っていたのに。
久しぶりで、うれしくなって長い時間店内をウロウロしたあと、
欲しかった本を手にレジに並ぶと何人もの人が何冊も手に持っていて、
中にはカゴにいっぱい入れている人もいて少々驚きました。
通っている美容院でも電子書籍で雑誌を読みます。
たくさんの種類のものが読めて便利で
小さい字や写真を大きくして見られるのはとっても嬉しいのですが
まだまだ慣れませんね。
最近は手軽に情報収集でき、わからないことがあればすぐに調べることができます。
先日私は、直接資料を手に取って専門の人から話を聞くということも
大切なことだなとあらためて感じることがあり、
お葬式の情報ももっと身近になればと皆で日々努めています。
類は友を呼ぶといいますか、私も私の友人も結婚願望がない人が多く、 そうなると自分が亡くなった時どうするんだろうと話題にあがることがあります。
家族がいれば子供にお願いするだとか、または孫に・・・といった選択肢がありますが、 結婚しないのであればまずそんな選択はできません。
兄弟はいることはいますが、今ですら疎遠なので将来関わりがあるかも微妙で、 そうなると孤独死の言葉がよぎります。
施設に入るだとか対策は色々あるのでしょうが、 それも思い立ってすぐ実行にうつせるものでもないですし・・・。
縁起でもない想像ではありますが、いざそうなった時対応に追われるのは自分ではなく周りの人です。
お世話になった人に迷惑をかけないためにもある程度万が一のために考えておいたほうがいいのかもしれません。