自然に還すということ
ネパールではなんと火葬場が観光地として機能しているところがあるそうです。
入場料さえ払えば見ることができ、さらに撮影まで許可されているというのだから驚きです。
パシュパティナートというヒンドゥー教の寺院なのですが、
観光客の多くは火葬場を目的として訪れていると聞き、耳を疑いました。
火葬場といっても火葬炉があるわけではなく、その場でシーツを敷き、
火葬して遺灰を川に流すというのが一連の流れのようです。
目の前で火葬されていく光景を観光地としてしまうのは日本人の感覚故か
にわかに信じがたいですが、同時に考えさせられます。
勿論意味もなくしているわけではなく、ヒンドゥー教では輪廻転生が信じられているため、
死を悲しいこととはせず、次の幸せな世界へのお見送りという考えが根本にあり、
川に流すのは自然の流れに還す意味合いがあると聞きました。
だからこそ、この光景が受け入れられているのかなと思います。
日本ではお骨をお骨壺に入れ、その後お墓にお骨を納めるのが一般的で、自然に還す感覚が掴みづらい分、
初めてこの話を知った時は衝撃を受け、しばらくこの話が忘れられませんでした。
今まで意味を考えず、お墓に納め、お墓参りをしてきましたが、
今一度どういう意味があるのか勉強してみます。
3月に入りましたが、全く暖かくなる気配がしないですね。
コロナ感染者も減ってきてはいますが、まだ多いです。
大阪府は8日、府内で新たに6509人の新型コロナウイルス感染を確認したと発表されました。
先週の火曜日と比べて2456人減ったそうです。
府内での感染者は延べ70万962人、そのうち、死者は計4166人になったそうです。
あまり把握はしてなかったですが、70万人感染
していると聞いてびっくりしました。
もう自分も知らないうちに感染してるかもしれないですよね。
ワクチンの3回目接種はされましたでしょうか?
3回目ワクチンは副作用が結構長く続くと言われております。
私も2回目接種の時の副作用は40度を超え一日中寝込んでいました。
病院から薬もらっておけばよかったと後悔してます。
コロナ対策ももちろんですが、副作用の対策も十分に行いましょう。
先日ネットで本を買いました。
好きな作家さんの本だったのであまり何も考えずポチッと購入。
昨日、マンションの宅配ボックスに届きました。
本1冊だけなのでポストに届くと思いきや。。。
普通にダンボールで届きました。
中を開けると。。。
同じ本が10冊。
数量が気付かぬうちに1から10になってしまっていたのでしょう。
仕事でも毎日感じますが、あらためて「確認」の大切さを本9冊分の金額で勉強させていただきました。
明日も明後日も、確認確認でミスがないよう仕事します!
日中は暖かく過ごしやすくなってきておりますが朝晩はまだまだ冷え込んでいますので皆さん無理のないようにお過ごし下さい。
世界では、パラリンピックが開催されておりますが、ロシアとウクライナの戦争の話題が色濃くせっかくの大会ですがあまり報道されていないように感じます。
戦争にコロナと物騒な世の中だと感じます。こういう時こそ一人一人の心がけが大事になってくるように感じますので皆さん頑張って乗り越えて行きましょう。
日中は本当に穏やかな陽気でした。
春を感じるというのは、まさにこんなことでしょう。
いろんなところに出かけたりする絶好の陽気ではありますが、如何せんコロナの時代。
とはいえ、新たなものを目にしたり、感じ取ったりすることは本当に大事だなーと。よく遊び、よく学べ、ではありませんが、都会の街並みや自然多き風景や、様々な博物館や美術館など、そこへ出掛けて、雰囲気に触れて、って本当に大切だとつくづく思います。
もちろん今はネットの世界などで、世界中にいったかのような疑似体験もできるのかもしれませんが、いずれにせよ、いろんなことに触れないと本当に発想力は鈍ってきます。
いろんなところに目を向け耳を向けて。
早いものでもう三月です
昨日は雛祭りでした。
昔はひな人形を飾ってケーキを食べたものですが
今年は気づいたら終わっていました
来年はひな人形をだして、あられを食べて
甘酒を飲もうと思います
少しずつあたたかく過ごしやすくなってきました。
弊社の店舗は入口はガラス扉になっていますので、
明るい光がさしていて、さらに春を感じます。
先日もまた母と今年の春から夏にかけて親戚の法事が重なるね、と
話をしていたのですが、
やはり皆で集まってということは難しそうです。
さて、まん延防止等重点措置が延長されると
様々なことが制限されてしまいます。
弊社ではお葬式講座や人形供養祭等イベントを予定しています。
感染予防対策は万全にしておりますので、安心してお越しくださいませ。
人形供養祭についてご不明なことがありましたら
お気軽にお問合せくださいませ。
当日は予約不要です。
昨日三月一日のこと。
この日は、お客様からお預かりしている重要書類を提出するため、区役所に赴いていました。
何だかいつもに比べてやたらと混んでる… そして届出窓口に向かう男女ペアが多いような。
調べてみると、この日は「大安」と「一粒万倍日」の重なる、暦上とても縁起の良い日とのことでした。
しかも「一粒万倍日」は、Twitterのトレンドワードにも上がっているほど。なるほど。
こうした験担ぎや縁起物を、かつての私は、非現実的だとか、あてにならないだとかで歯牙にもかけず、ただの「信心」の差でしかないと思っていましたが、この考え方はすごく勿体無いのかもしれない… と感じるようになりました。
一粒万倍日は新しい財布をおろす上でも絶好の吉日であるらしく、例えば、財布を新しく、せっかくなら次の縁起の良い日に変えたい、じゃあこの日までに買おうか、それなら前から気になっていたアレにしようか… といった、先々の楽しい予定がぽつぽつ増えていくような、生きていく上で欠かせない、そんな小さな充実感を生み出す側面も、こういった縁起物は担っているのでしょう。
そして葬儀においては、今と昔で傾向の差は異なれど、やはり「友引」の存在は見逃せないものです。
その善し悪し・避ける避けないのどちらにせよ、相当な数の人達によって支持され重んじられてきた歴史があるからこそ、文化として今も残存しているということで。根底には不特定多数の人達の思いや願いがあるのだと、思いを馳せずにいられません。
縁起ごとの由来や慣習に合わせて行動を選択することで、物事が上手く進むための心強い味方をつけているような、そんな自分もまた文化の継承に一役買っているような……そういった見方もできるような気がします。
暦や縁起物って、本当によくできたシステムです。
2年ぶりにこの春、遠方にあるお墓参りに行く予定だったのですが、再びコロナが増え始めた影響で落ち着いたらという話にまとまりました。
社会人になり、家族みんなの予定が合わせづらいので、次に来るのはまだまだ先になりそうで申し訳ない気持ちでいっぱいです。
お墓参りに行かずとも故人様を偲べるのは承知していますが、自分の中の節目として毎年欠かさず行っていたものがコロナ禍でできない状況に歯がゆさを感じます。
何も気にせず行ける日常が早く戻ってきてほしいです。
うちには二人の子供がいます
どちらも女の子で保育園に通う年齢であります
姉妹とはいえ、とてもくだらないことでよくケンカしてます
私か妻が間に入ってお互いに謝りあってもらったりします
子供のケンカならそれで概ね終わりですが大人のケンカはそう簡単には終われません
ロシアとウクライナで停戦交渉が始まっているみたいですが
はやく落ち着いて平和になることを切に祈っております
コロナの影響でしょうか、火葬場の修理の影響でしょうか、
大阪市内の火葬場の予約が非常に取りにくくなっています。
本日27日にご依頼のお客様で火葬が最短で3月5日。
長期間お待ちいただくご遺族様の心情を思うとなんだか心苦しくなります。
一時的なものなのかどうなのかわかりませんが、早く通常に戻ることを願ってやみません。
ロシアがウクライナに侵攻しましたね。
自分が生きてる間に戦争を見るとは思いませんでした。
スマホのアプリでTikTokというものがあり、先日TikTokを起動すると、兵が戦っている映像、地下に隠れている人々、ミサイルが街に落とされる瞬間、などの動画が投稿されてました。
家族を守る為自ら戦うことを志願した方、映画でよく見るシーンを英語で「必ずまた会えるから」と言って泣きならがら別れを告げる家族もいて、とても胸が痛かったです。
被害を最小限に抑えられればいいのですが、日本も巻き込まれる可能性は0ではないと聞いたのでとても不安ですね。
人はいつ亡くなるか、わかりません。
通夜も葬儀も急に決まるものです、お参りにきて欲しい人、どんな式にしたいか希望がございましたら、今のうちに相談しておいた方がいいでしょう。
小学生の頃、先生に質問されました。
「戦争はなぜ起こるのか?」
民族や宗教などのアイデンティティーを守る為の戦い。
資源などの物を求める為の戦い。
そして、領土拡大の為の戦い。
ウクライナで起こっているのはこの領土拡大の為の戦いというのが1番大きな要因であると言われています。
これは本当に怖い要因で、冗談抜きで第三次世界大戦に繋がる可能性すら否定できなくなります。
ロシアはエネルギー資源や小麦の輸出で世界有数の規模を誇っているので、日本でもすぐに日常生活に影響があると予測されています。
影響がインフレだけならまだ良いのですが、北方領土、尖閣諸島などの領土問題を抱えている日本。
ウクライナで現在までで100人以上の方が亡くなり、10万人以上が国内からの避難行動を起こしています。
有史以来、地球上で戦争が無くなった世界というのはまだ1日も実現していないと言われています。
まずは物事をよく知り、よく考え、自分が出来ることをしっかりやろうと思います。
今朝、水仙が咲いているのをみつけました。
数年前、祖母の庭から株分けをしてもらい
実家の庭に水仙を植えた事をふと思い出しました
黄色い水仙です。
今年も咲いたか、母に聞いてみようと思います
まだまだ寒い日が続きます。
もう来週には3月になるのですが、
いつから暖かくなるの?と思うくらいです。
マスク生活になり息苦しさを感じていますが、
花粉症に関してはマスクつけててよかったな、と思っていたのですが、
今年は目が痒くて。目薬さしながら、まだまだ続くなと思う日々です。
さて、日々店舗の中にいると、外を通る方々が店のほうをチラッと見ながら
歩いているのを見かけます。
もちろん、店の前に案内板やチラシを貼っていたり置いてあるので
見てくださっていると思います。ガラスにうつるご自身の姿をみている方も
あります。通勤途中なのか時計を見る方も。
ご相談のために店のなかの様子を見ておられる方もいらっしゃいますので、
こちらも外を気にしながらの動きになります。
なかなか店の中まではと思われる方はご遠慮なくスタッフをお呼びください。
毎朝、店舗の中も外も掃除をしておりますので、いつでもお気軽に
お声かけください。
M1グランプリ(漫才の1番を決める大会)、B1グランプリ(B級グルメの1番を決める大会)様々な大会がありますが、H1グランプリを皆様ご存じですか。
偶然、YouTubeで発見したのですが、H=「法話」の頭文字でお寺様がお話する法話の1番を決めるという大会が毎年あるそうです。
お寺様が大会に向けて法話の猛特訓をしておられる光景は興味深い姿でした。
法話に順位をつけることは横に置いといて、若い方々が仏教やお寺様を知るキッカケのひとつになると思います。
ご興味がおありの方は是非ご覧になってください。
近しい方が亡くなられたとき、葬儀社に勤めていると、わかっているからか、何なのか、どうしたらよいのか、と悩むものだとつくづく感じました。
手順もなんでもある程度、理解しているつもりが、やはり冷静には判断しづらくなってくるものだと、実感しました。
一大事なんだと。
だから、日々しなければならないことが、山ほどあります。
葬儀社に勤める者が、大切なことは、やはりそこだと思います。
葬儀の会社で働いていると、お葬式の具体的な話を事前にしておくことが
どれほど大事か分かってくるようになりました。
私自身周りに御年寄の方が多いので機会があれば話をしたほうがいいなと
頭では理解しているのですが、中々言い出しにくいです。
葬儀社で働いていて、その必然性は承知していても
不謹慎の文字が頭をよぎります。
今欲しいものが変わるように、以前はこんなお葬式がしたいと思っていても、
やっぱりこっちの方がいいと思いなおしたり。
それを繰り返していくことで後悔の無いお葬式ができるようになっていくであろうことは、肌で感じております。
ただ最初に切り出すのは親しい間柄であるほど難しいものです。
いきなりどんなお葬式がしたいか、予算は、誰を呼ぶか。
そんなきっちりした話よりもまずは軽く今はこんなお葬式があるみたい、
お花が沢山の式をしてみたい、好きなものがあるようでしたらそれを少し取り入れた式にしてみよう、等。
世間話の延長線上でお話ししてみるのもいいかもしれません。
一度きりしかないお式です。
当然主体となるのは葬儀社ではなく、お式に参加される方々です。
皆様が納得のいくお式のイメージがあって、その式を形作るお手伝いができましたら幸いです。
先日誕生日を迎え、うちの奥さんに財布をプレゼントしていただきました
それまで使っていた財布は20年使っていたものなのでどうみてもボロボロなのですが
亡くなった父に買ってもらったもので、ずっと愛用してたものであります
うちの奥さんにもその事は伝えていましたのでプレゼントを財布にするかどうか悩んでいましたが
この財布を失くすと金銭的にも精神的にもショックが計り知れないので新しいものに替える決意をしました
今度実家に帰ったときに仏壇に置いとこうかと思います
長い間ありがとうお父様
次の財布も20年くらい使おうと思います
料理が好きです。近所のスーパーで買い物をする時間も同じく好きです。
買い物カゴを片手にぶら下げ、野菜コーナー、肉売り場の順に徘徊し、1円でも安い外国産鶏もも肉を血眼になって探し求める。
今ではそのスタイルを確立している自分ですが、かつて一人暮らしを始めたばかりの頃は当然そんなことはなく、必要な食材を思いつくままにカゴへポイポイ放り込んでいました。
鶏肉は胸とももで全然値段が違うということ。キャベツや玉ねぎで季節の移ろいを知ること。
スーパーでのお買い物のあれこれは、誰かに教わったというより、「こういうもんなんだ」と知っていくことで、経験として積み重なっていった気がします。
アボカドは自分の手でムニムニしてみなければ、お肉もパックを傾けてみなければ、その弾力や色合いにまんまと騙されてしまいます。
見ただけでは分からないこと、触れてみないと分からないことがスーパーには沢山あって、「実際に手に取ってみること」「それで感じたことと先入観を分けること」の重要さが改めて分かるし、これは買い物に留まらず多くのことに当てはまる。
臆病で小心者の私にとってスーパーは、格好の修行場ではないか。大事なことを教えてくれる、人生の恩師ではないか。ライフだけに
……と、指先を湿らさなければ袋のクチを開けない自分の不器用さに悶々としつつ、そんなことを考えていた、休日の夕暮れです。

































