「もう一度、顔が見たかった」
この仕事を通じて、これまで様々なお別れに立ち会ってまいりました。
一般的に多くの方がイメージされるのは、病院での入院を経てお亡くなりになるケースではないでしょうか。
私の祖父も病院で最期を迎えましたが、事前に医師から、体の状態が悪いと聞いていたため、心の準備ができていたように思います。
自宅にて療養される場合も同様に、病状がわかるからこそ、ある程度心の準備をする時間があるのではないでしょうか。
しかし最近では、事前に心の準備ができない「孤独死」というケースが非常に増えております。
そのようなケースの場合、必ず警察が介入することになります。病院であれば医師が看取りを行い、死亡診断書を発行してくれますが、自宅で急死された場合は事件性の有無や死因を詳しく調べる必要があるからです。その後、監察医などによって死体検案書が発行されます。
ご家族にとっては、大切な方を突然亡くされた直後であるにもかかわらず、故人は警察へ搬送され、ご自宅では現場検証が始まります。「悲しい」「辛い」「後悔」といった様々な感情が押し寄せる中で、状況は目まぐるしく進んでいってしまいます。
そして、その混乱の最中であっても、同時にお葬式の準備についても考えていかなければならないのが実情です。
そのような中で私が、強くその状況にできる限り寄り添い、もっとご希望を叶えていくお手伝いをしていこうと感じさせてくださったお葬式があります。
その方はご自宅でお亡くなりになってからしばらく時間が経っており、お身体の状態が悪く、腐敗が進んでいました。
故人の尊厳を尊重し、お顔を見せない形で最後のお別れとなりました。生前の面影に最後に対面することは叶わず、皆様は祭壇に飾られた1枚の写真をじっと見つめていらっしゃいました。
「最後にもう一度、顔を見たかった……」
そう静かにつぶやきながら手を合わせるご家族のお姿を前に、私はお葬式とはただ亡くなった方を見送るだけの場所ではないということ、「見る」「触れる」という当たり前のお別れ、でも、その当たり前のことすらできない方がいるという辛い現実があるのだという事を痛感しました。
このようなお葬式をお手伝いさせていただくからこそ、私はこれからも故人、そして遺されるご家族様のお気持ちにどこまでも寄り添える「葬儀人」でありたいと、心から思っております。
皆様の大切な最期の時間を支えるため、これからも日々精進してまいります。
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